初恋ロールプレイング【はじめから ☞つづきから】

穂実田 凪

【1Player ​】

〜オープニング〜

人生はゲームと同じ、暇つぶし

 人生はただの暇つぶし。言ってしまえばテレビゲームと同じだ。

 お金というスコアを稼いだり、家族という仲間を増やしたり、かなり自由度の高いフリーシナリオ。やり込み要素はたっぷりだ。

 だけど、時間が来たら全ての人が等しくゲームオーバー。アイテムの持ち越しも、ステータスの引き継ぎも、もちろんできない。プレイが上手い人は少しくらい尊敬されるかもしれないけれど、ただそれだけのこと。そこには意味なんて一つもない。

 これが僕の人生観。


 思春期の頃は「生きる意味とは何だろうか」なんてことを人並みに考えていたような気もするけれど、そんなのは麻疹はしかみたいなもの。今やもう何もかもが無意味だと悟ってしまった。

 人生に意味なんて無い。それなら、死ぬまで好きなことだけやった方が良い。それが幸せというものじゃないか。とりあえず食っていけるだけのアルバイトをして、残った時間は好きなゲームをひたすら遊ぶ。結婚? 老後? そんなこと、どうだっていい。


「――おい、水無瀬みなせ! ぼーっとしてんなボケ!」


 自分を呼ぶ怒号で現実に引き戻される。


「まだ仕事終わってねーぞ! ったくバイトだからって,たるんでんじゃねーよ。今日も遅刻しただろうが」


 古びた倉庫に怒声が響き渡る。ああもう、うるさい。安い時給でこき使いやがって。目の前に流れてくる荷物を選別しながら、頭の中で不満を垂れ流す。

 数ヶ月前から始めた仕分け作業の日雇いバイトは想像以上に辛かった。何も考えずに済むので性に合っていると思っていたが、単純作業だと逆に余計なことを考えてしまうらしい。次のバイトが見つかれば、すぐに辞めよう。バイト探しも慣れたものだし。


 大学を卒業して、もう4年になるだろうか。都内の大学に入学するため上京したはいいが、就職活動が上手くいかず、とりあえずアルバイトで食い繫いでいた。

 そしてあっという間に時が経ち、当然のようにアルバイトを転々とする生活になっていた。田舎に帰る気にもならず、日銭を稼いで日々を暮らす。でも、自分にはそれが合っていると思っている。たいした貯金はできなくても、一人で生きていく分には困らない。唯一の趣味であるゲームを買う程度の余裕もある。なら、何も問題はない。


 ようやく今日の仕事が終わり、ゲーム屋へと急ぐ。今日は前から楽しみにしていた新作ゲームソフトの発売日だ。世間的には夏休みが近いこの時期は大作ソフトの発売も多い。

 駅に向かい歩いていると、携帯電話が震えた。ディスプレイには知らない番号が表示されている。こんなのは無視の一択。どうせ人が足りないからシフトに入ってほしいだの、ろくでもない職場からの電話に決まっている。せっかくゲームを堪能するために明日は仕事を入れてないのだ。邪魔をされてたまるか。


 十数秒経っても、まだ着信が続いている。この調子だとゲームをやっている最中にもかかってくるかもしれない。それは嫌だ。根負けして、通話ボタンを押す。


「あ、はい、もしもし」


「突然の電話で恐れ入ります。みなもと病院院長の源と申します」


 まったく想定していなかったケースに、言葉を詰まらせる。

 なぜ聞いた事もない病院から? 間違い電話か?


「水無瀬にしきさんの携帯電話で合っていましたでしょうか。水無瀬さんにお伺いしたいことがございまして、ご連絡をさせていただきました」


 電話口の相手は穏やかな年配の男性だった。

 淡々としたトーンで僕の名前が呼ばれる。少なくとも間違い電話ではない。だが、全く心当たりが無い。

 警戒しながら、応える。


「はい……。水無瀬ですが、なんの用件でしょう」


「――牧野まきの響子きょうこさん、という方をご存知でしょうか?」


 不意に投げかけられたその名前に、脳より先に心臓が反応した。

 聞いたことのない病院から、十年ぶりに告げられた名前。

 その意味と理由を、頭が勝手に推論し始める。


「あ……わかり、ます。昔の……友人、です」


「ああ、良かった。合ってたみたいだ」


 何故か安心したような相手の反応で、こちらも少し胸が楽になる。頭の中が勝手に想定した最悪のケースではないことはわかった。


「響子……牧野響子がどうかしたのでしょうか?」


「実は当院にて入院をしておりまして。ああ、生命に別状はないのでご安心ください。ただ、御親族や御友人の方に連絡がつかず、どうしたものかと思っていた次第で」


 入院? 連絡がつかない?

 いくつもの疑問が同時に浮かぶ。そのなかでも一番強い疑念が最初に口から出る。


「どうして僕に?」


 響子とはもう十年以上会っていないし、連絡も取っていない。

 突然いなくなったから、どうやっても会えなかったし、連絡も取れなかった。

 それなのに、どうして今になって。


「御友人の方に連絡をするため、牧野さんの通われていた小学校に連絡を差し上げました。そして、事情を説明し、当時仲の良かった生徒のご自宅へ繋いでいただきました。水無瀬さんの電話番号は、ご実家のお母様に教えていただいた次第です」


 電話口の医師が、すらすらと説明をする。

 一つの疑問は解けたが、大事なことを聞けていない。


「ええと、そうではなくて……どうして僕に連絡をしようと? 他にいくらでもいるでしょう」


 知人に連絡を取るにしても、普通に考えれば今の交友関係者に連絡をするべきだろう。どうして僕みたいな小学校時代の友人にわざわざ繋ごうとしたのか。

 

「それが……電話口では説明が難しいのですが……」


 先生は口ごもり、言葉を選んでいるように思えた。


「先ほど、生命に別状は無いと申し上げましたが、平常の意思疎通を図ることが難しく……」


 事情はさっぱりわからないが、面倒事だということだけは、はっきりとわかった。

 

 今さら響子に会っても意味がないし、響子だって僕に会いたくはないだろう。

 そもそも、なんだか怪しい話だ。この先生には悪いが、断らせてもらおう。


「あの、申し訳ありませんが、こちらも色々と立て込んでいまして――」


 電話を切り上げようとしたとき、先生がぽつりと言った。


「そう、“メモリーカード”です」


「は?」 


 いきなり、何を言っているんだ?


「彼女の持参品に、“みなせにしき”と平仮名で書かれた“メモリーカード”がありました。昔のプレイステーションのものです」


 フラッシュバックするように、グレーの味気ないカードが頭に浮かぶ。

 最後に会った日、響子が持って行った僕のメモリーカード。


「これは、水無瀬さんのものですよね」


「ええと……そうですね。僕のもの、かもしれません」


「彼女は、このカードの持ち主に会いたがっています」


 何かを含んだように、先生が言う。


「……返したい、ということですか?」


「それはご本人でなければわかりません」


 意味がわからない。この医者はなにを言っているのか。


 会いにいきますか?

 【はい  ☞いいえ】

 うん、関わらない方がいい。さっきから頭の中で何度も「いいえ」のボタンを押している。

 

「……わかりました。都内ですよね」


 まるでバグみたいに、そんな言葉が勝手に出ていた。

 面倒ごとに巻き込まれる。そういうイベントが控えていることは目に見えている。

 なのに、なんで僕は。


 こちらの葛藤をよそに、先方は病院の住所や面会時間を伝えてくる。

 気が付けば、明日面会に行くことになっていた。

 まるで避けて通れない強制イベントだ。


 けれど、今さらどんな顔をして会えばいいというのだろうか。


 十年ぶりに会う、初恋の相手に。

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