🎮ドラゴンクエストⅤ

これほどの選択を迫るイベントはない

 源先生に会いに院長室へと向かう。

 これは必要な報告だ、と自分に言い聞かせながら。


「ああ、こんにちは水無瀬さん。少し痩せましたか?」


 部屋に入るなり、先生がこちらを見て言った。

 そう言われるのは悪い気がしないが、今はそれより先に話すことがある。


「最近、運動するようにしてるので。……さっき響子の同僚の人が来ましたよね」


「ええ。面会はお断りしましたが。もしかして受付で会われましたか?」


「はい。直接、話したわけじゃないんですけど……その人たちの会話が聞こえてしまって」


 なるほど、と先生は小さくうなずく。


「あの人たちは牧野さんの勤め先の人事部の方です。ストレスの要因ははっきりしませんが、仕事に関係があるかもしれないと思って会社に連絡をしたんです。そしたら、人事部長が自ら勤怠管理のデータを持ってきてくださって」


 きっと“鷲尾”と呼ばれていたあの人が部長なんだろう。

 思った通り、やっぱり偉い人だった。


「普通、会社側ってこういうの嫌がるんですけどね。すぐ対応してくれて助かりました」


「響子の彼氏だからじゃないですか。対応が早いのは」


 つい、反射的に厭味いやみったらしく言ってしまった


「ああ……もうご存じなんですね。私も、さきほど聞いて驚きました」


 先生が直接聞いたのなら、話は早い。

 言おうか言うまいか少し悩んだが、やはり言うことにする。


「……僕の役割は、あの人じゃダメですか」


 源先生が、ほんの少し眉をひそめる。

 僕はかまわず続ける。


「記憶が戻ったときのことを考えると、その方が絶対にいいはずです。また“錦の親戚”とかなんとか言えばいいじゃないですか」


 そうだ。考えてみれば、この役割を担うのは僕である必要なんてどこにもない。

 “錦くん”の代わりの“水無瀬さん”ならば、それは別の人だってかまわないはず。

 いま付き合っている人がいるのなら、その人にお願いするのが筋だろう。


「水無瀬さんがそう望まれるのなら、検討はします。ですが、担当医としては現状が最善であると判断しています」


 せっかく快方に向かっているから、やり方を変えたくはない、ということだろうか。


「……水無瀬さんにとって酷なことを言っているのはわかっています」


 僕の目を見据えて、先生が静かに言う。


「ですが、入院してからずっと塞ぎ込んでいた牧野さんが、あんなに楽しそうに明るくなったのは、他ならぬあなたのおかげです」


 響子の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 昔と変わらない、あの笑顔が。


「それは、きっと他の誰でも代わりにはなれない」


「……ずるいですよ」


 ずるい。

 僕は、ずるい。

 響子に付き合っている人がいると知った途端に、こんな駄々をこねて。


「なら……せめて、あの人、鷲尾さんって言いましたっけ。あの人にも説明しましょう。それが折衷案です」


 いまさら響子を見捨てることなんてできない。小心者の自分は、罪悪感にさいなまれることが分かっているから。

 なら、せめて彼氏とやらにも尽力してもらおう。それくらいは許されるだろう。


「……わかりました。水無瀬さんのおっしゃる通り、現代いまの響子さんを知る方にも協力いただく必要はあります。今度、鷲尾さんに説明する機会を設けましょう。その際は水無瀬さんも同席していただけますか」


 それくらいなら、と僕は承諾する。

 そして席を立とうとしたそのとき。

 

「あのー。失礼しまーす」


 突然、扉がノックされ、ゆっくりと開く。


「あ、水無瀬さん! やっぱりいた!」


「響子ちゃん!? なんで?」


「さっき、ナースさんに聞いたから。水無瀬さんが先生と話してるって。さっき急にいなくなるんだもん。……お話、あとどれくらいかかりそう?」


「え、っと」


 思わぬ来訪に戸惑ってしまい、言葉に詰まる。


「今ちょうど終わったよ。どうしたのかな?」


 源先生がにこやかに答える。


「よかった! じゃあ、来て来て! ドラクエがいまちょうどいいところ!」


 そういって響子が僕の手を引っ張っていく。


「では、日程が決まれば連絡しますね」


 先生の声を背中で聞きながら、響子に病室まで連れられていく。


 部屋に入りテレビ画面を見ると、たしかに響子の言う通り「ちょうどいいところ」で止められていた。

 響子が数日前からプレイしているのは『ドラゴンクエストⅤ』。

 主人公は子供時代に父親と旅をするが、とある事件がきっかけで別れが訪れ、そして大人に成長する。

 旅の中盤では“結婚”をするイベントがあり、結婚相手を2人から選ぶことになる。

 幼馴染のビアンカか、旅先で出会った富豪の娘フローラか。人生においても、これほどの選択を迫られるイベントは、そうそうないだろう。


 まさに結婚相手を選ぼうとする、そんな場面シーンでコントローラーは置かれていた。


「ビアンカかフローラか、どうしても決められなくって!」


 響子が僕の目をのぞき込みながら、悩ましげに言う。


「だから、大人の意見を聞きたくって!」


 大人になっても、なにもわからないよ。

 そんな言葉が口から出てしまいそうになるのを堪え、僕はただ画面を見つめた。

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