しっかりと、パラメーターを引き継いで
響子にドラクエ4を渡した翌日の朝。この病院に足を運ぶのも三日連続になる。
乗り掛かった舟だ。ファミコンがどう影響を与えたのか確認をしよう。
そう思いながら、彼女の病室に入ろうとすると、中から大きな笑い声が聞こえてきた。
「ああ、おはようございます、水無瀬さん。何度も来ていただき、ありがとうございます」
源先生が僕に気付き、挨拶をしてくれる。だが、その顔は深刻な表情だ。
「いえ、それは全然。あの……響子、どうかしたんですか」
笑い声は響子のものだった。
僕が来たことにも気付かないくらい笑い転げている。
「それが、わからないんです。さっきまで普通にゲームをしていたのですが……」
水無瀬さんが来たよ、と先生が響子に伝えるが、彼女はそれどころではないようにお腹を抱えて笑っている。
「ああ、そうだ。昨日のことはちゃんと覚えていました。持ってきてくれたファミコンのことや、ゲームがどこまで進んだかなど、すべて。記憶がしっかりと地続きになっています。とても良い傾向です。ただ」
それはよかった。
翌日にはランダムにレベルが変わってしまうゲームなんて、さすがに難しすぎる。しっかりとパラメーターを引き継いでいかないと、攻略のしようがない。
「さっきから急にわけのわからないことを言い出して、ずっとこんな状態なんです」
心配そうな先生とは裏腹に、笑い転げる響子。
よく聞くと、何か言っている。
「あははは! ふんどし! 大根! ……っ、もうダメ! あははは!」
なにごとかと戸惑ったが、理由はすぐにわかった。
「先生、大丈夫です。なんの問題もありません」
「え? 原因がわかったのですか?」
僕は大きくうなずいて答える。
「響子が言っているのは……四コマ漫画のネタです」
小学生のころ、当時流行っていたドラクエの四コマ漫画を響子に貸したことがある。ちょうどドラクエ4を遊んでいたころだ。その漫画のなかで出てきたシュールなギャグを響子がやたらと気に入っていた時期があった。
「ということは、つまり……?」
「ただの思い出し笑いです」
記憶喪失中に“思い出し笑い”というのも変な話ではあるが。
「……なるほど。箸が転んでも可笑しいお年頃、なのでしょうけれど、さすがにびっくりしますね」
まったくだ。先生が心配するのも無理はない。
ようやく響子がこちらに気付き、何度か深呼吸をする。
「はああ、やっと収まった……。あ、水無瀬さん、おはよう。メダパニバッタがね、メダパニしてね、勇者が混乱してね、アレを思い出しちゃった」
ああ、そういうことか。
画面を見ると、たしかに戦闘中で“にしき”が混乱状態だ。
レベルがかなり上がっているところを見ると、もう終盤まで進んでいる。昨日はあの後もずっと遊んでいたのか。
「もう世界樹まで来たんだよ。仲間も全員そろったし、ちゃんと導かれたみたい」
そう言いながら、響子が僕に笑いかける。
「仲間が揃ったらね、フィールドの音楽も変わってね、全然寂しくなくなったんだよ」
そうか。それなら、よかった。
「でも、もうすぐ終わっちゃうんだよね。なんだかもったいない」
残念そうな顔をして、響子が言う。
忘れているとはいえ、何度もプレイしたゲームだ。無意識のうちに、もう終盤であることを感じているのだろうか。
「大丈夫だよ。ちゃんと次のゲームも持ってくるから」
「え? やったあ。ありがとう!!」
大喜びする響子を見て、ふと思いついた。
「もうすぐスーパーファミコンも出るからね。また錦から借りて持ってくるよ」
「うっそ!? いいの!? ありがとう!!」
あの頃に遊んだゲームをしたときのことを思い出すのなら。
もし、ゲームの時代を少しずつ進めていけば、響子の記憶を進めていけるのではないか。
響子の家に置いてあったスーパーファミコンやプレイステーション。きっと、それらが力になってくれる。
何の根拠もない思いつきだけれど、そんな強い予感があった。
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