戦法によって、性格が表れる

「王手! で、いいんですよね、これ」


「はい。水無瀬さん、筋がいいですよ」


 なんでオジサン二人が私の病室で将棋なんてしてるのかな?

 お見舞いに来てくれたはずじゃなかったっけ。


「ですが、ただ“王手”をかけるのではなく、次の一手で必ず詰む“必至ひっし”という状態を目指す方がいいですよ。……ほら、こうすれば相手が次に何をしようが、次の一手で必ず詰みます」


「なるほど。王手より必至……」


「こんな格言があります。『王手するより縛りと必至』。相手の動きを誘導しながら、追い詰めていくんです」


「はー。奥が深いですね……」


 鷲尾さんっていう水無瀬さんのお友達が将棋盤を持ってきてくれたけど、私は全然ルールを覚えられなかった。

 というより、この鷲尾さんのことがどうしても苦手で(友達の水無瀬さんには悪いけれど)、将棋の話に集中ができなかった。

 それに気付いた水無瀬さんが気を遣って、鷲尾さんの相手をしてくれたのだと思う。

 でも、鷲尾さんの教え方が上手いのか、水無瀬さんがどんどん将棋に夢中になって、私は置いてけぼりになってしまった。

 せっかく水無瀬さんが来てくれたというのに、ちょっとつまらない。


「そう。それが“棒銀”です。銀を使って飛車先突破を狙うシンプルな戦法ですが、その威力はとても強い。受ける側が上手く対処できなければ、一瞬で勝負がつくこともあります」


「なるほど。動かし方は知ってましたが、こうやって戦法を覚えると楽しいですね!」


「初心者が覚えるにはちょうどいい戦法だと思います。……それに、一途な水無瀬さんには合っているかと」


「……っ。そ、そういえば鷲尾さんは、飛車を横に動かすんですね」


「これは振り飛車といって、どちらかというとカウンター狙いの型です。相手の隙を突く戦い方が私には合っているようで。こうやって戦法によって性格が表れるのですよ」


「へえ、面白いですね」


 二人とも将棋に夢中だ。

 仕方ないので、『聖剣2』の続きを遊ぶことにする。


 水無瀬さんからのアドバイスのおかげで、特に詰まることなくストーリーは終盤まで来ることができた。

 長いラストダンジョンマナの要塞は途中で何度も中ボスが出てくるので、何度かアイテムの補給をするために町へ戻る。ダンジョンのなかにはセーブポイントが無いので、どうしても慎重になる。

 何度も往復したおかげで道も覚え、最短ルートでダンジョンを進んでいく。

 きっとラスボスも近い。


 ダンジョンの奥にたどり着くと、因縁の敵キャラが現れ、イベントが進んでいく。

 そして、骸骨のような仮面をかぶった“ダークリッチ”がパーティーに襲い掛かる。


 戦闘が始まると同時に、鐘のような音が何度も鳴る。

 初めて聞くBGMだから、きっと専用の戦闘曲なんだろう。ということは、きっとこいつがラスボスか、もしくはその直前の大ボスだ。アイテムは出し惜しみせず、どんどん使っていこう。

 なんて推測をしていたら、そのあと流れてきた音楽でそれどころではなくなってしまった。


「ええ! なにこの音楽!?」


 戦闘中だということも忘れ、コントローラーを投げ出し水無瀬さんを見る。

 水無瀬さんは将棋の駒を握りながら、コントローラーを手に取り、コマンド画面リングコマンドを開いて戦闘を一時的に止めてくれた。

 

「うんうん、衝撃的だよね」


「っていうか、なんか怖いよ!」


 テレビのスピーカーから、男の人の掛け声のようなものがリズミカルに響き渡る。

 スーパーファミコンがこんな音も出せることに驚きを隠せない。


「ああ。これは“ケチャ”ですね」


 鷲尾さんがあごに手を当てながら感心したように言う。


「けちゃ?」


 私と水無瀬さんが声をそろえる。


「インドネシアのバリ島の音楽です。おそらく、それをモチーフにしているのかと。ゲーム音楽もなかなかあなどれませんね」


「へえ。聞いてると、なかなかクセになりますね」


 ならないよ! 超怖いよ!


「……ねえ、水無瀬さん。この曲名はなんていうの? 知ってる?」


 もしかしたらオープニング曲みたいに、意外なタイトルが付いているかもしれない。

 曲調とは逆に可愛い名前がついてるかも、なんて淡い希望を抱く。


「んーと、たしか“呪術師”だったっけかな」


「じゅじゅちゅし?」


 ほら、やっぱりなんか可愛い響き。よかったよかった。


「呪うに、術に、師匠の師、ですか。なるほど宗教的な祭儀が由来らしいので、合ってますね」


 鷲尾さんが不必要な補足をしてくれる。

 なんで、こっちはそのまんまなタイトルなのよ、もう。


「あ、ごめん! そろそろ行かなきゃ!」


 水無瀬さんが急に立ち上がった。


「え? 用事?」


「うん。ちょっとすることがあって。じゃあ、響子ちゃん、またね。鷲尾さんも、また今度将棋教えてください」


 そう言って、水無瀬さんはあっという間に部屋から出て行った。


 え? 水無瀬さんだけ帰っちゃうの?

 鷲尾さんは残るってこと?

 どうしよう。間がもたないよ。


「あ、あの……」


「ああ、私もそろそろおいとましますね。いま片付けますので」


 鷲尾さんが将棋の駒と盤を片付け始める。

 ほっとした表情を出さないよう気を付けながら、そうですか、とだけ私は呟いた。


 テレビからは“呪術師”がずっと流れ続けている。

 外を見ると、もう夕暮れも近い。

 一人で、この音楽を聴きながら戦う気にはとてもならない。

 この敵を倒すのは、また水無瀬さんが来た時にしよう。

 そう思い、リセットボタンを押す。


「そういえば」


 オープニングのクジラの鳴き声と同時に、鷲尾さんが私に話しかける。


「このゲームは、お友達から借りているんでしたよね」


「え、は、はい。幼馴染から、です。水無瀬さんが借りてきてくれました」


「錦さん、でしたっけ」


「あ、はい」


 突然、錦くんの名前が出てきて焦る。

 水無瀬さんが錦くんのことも言ったのかな? 


「そうでしたか。では、お邪魔しました」


 そう言って、鷲尾さんは静かに部屋を出て行った。


 頭の中では、まださっきの不思議なリズムが響いている。

 どうしよう。

 今日、一人で寝るのが、ちょっと怖い。

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