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「君には前話しただろう? ここは幼いころの僕の行きつけの店でね」



まさか高校生にもなって駄菓子屋に来ることになるとは思わなかった。


時代を感じさせるシャッター商店街のちょうど真ん中に位置する年季の入った木造の家屋。店の象徴となる看板。店の外にも中にも広がるお菓子の山。


これらはあの終業式に来た時となんら変わりはなく……そしていつの時代も変わらない。



「修学旅行のお菓子はここでまとめ買いしたものさ。あと当たりが出るまで買ったりね。僕もあの頃はキラキラしていたよ」



けれど、



「あまり人が入っていないようだね」



――変わってしまうものだって、きっとある。



「そうか? 前来た時もこんな感じだっただろ? それに駄菓子屋っていつの時代もこんなもんじゃないか?」



だから、俺はいつだってウソをつく。


騙って欺き、なにが本物なのかわからなくなってしまう。その繰り返しだ。



「よし、久しぶりだ。何か買ってたべるとしよう。ご馳走するからなんでも好きに買ってくれたまえ」


「……おう」



その少しだけ強引なお誘いが今の俺にはありがたかった。今日、外に出ているのだって綾小路に気分転換しないかと誘われたからだった。


何の気分転換だよ、とは訊かなかった。言わなくてもわかる。なんとなく察することができる。そんな関係性を俺は知っている気がしたから。


それを──その甘えた姿勢を、幼なじみなどと呼んだバカはいったい誰だったろう。


誰にだってできることを俺たちにしかできないと勘違いしたり。


誰にもできないことをしたんだから伝わっているのだと安心したり。


それじゃあいけないだろって気持ちは心のどこかで、いつだって感じていた。



「親友よ、僕はこのきなこもちが好きでぶっふぉっ、ごほっ、げほっ、の、のどに詰まっ……ぅっ……がっ……」


「ばか! はやく水でも飲め! ばあちゃん、この飲料水もらうな!?」



俺はすぐさま冷蔵庫にしまわれていたミネラルウォーターを拝借すると、それをそのまま綾小路の口元に持っていってやる。



「っ……! はぁっ! 生き返ったァー! げぼっ! ぐぼっ! ありがとうわが親友よ!」



復活するが否や俺の肩をつかむと、二の腕にかけてさするようにして俺の身体を揺さぶってくる。



「ばっ! いちいち反応がでかいんだよ!」


「ふはは、何を言っているんだ親友よ。僕はたった今、君に生命の危機を救われたのだぞ? ――言葉にしてこの気持ちを伝えなければ、何の意味もないではないか」


「……っ」



まただ。また、俺の胸が締めつけられる。


後悔しても遅いのに。過ぎ去った時間は帰ってこないのに、俺は懲りずにあの日までの自分の行いを悔いている。



「……んなこと言ってる暇があったら、はやいとこ水のお金払っちまえっての。お前を助けたのは飲料水だ!」


「……ふむ。たしかに君の言うとおりだな」



ほんの一瞬だけ見せた綾小路の表情が引っかかった。


けれど、次の瞬間にはもう何度と見てきた瞳を閉じて微笑むいつもの顔がそこにはあったから問い詰めることはできなかった。


お前は、まだなにか──俺に言いたいことがあるんじゃないのか?



「……あれ? 匠ちゃん、あんた匠ちゃんじゃないのけ?」


「えっ?」



思いもよらぬところから声をかけられて思考がストップしてしまった。


店の奥をのぞき込むと、そこにはおばあちゃんらしき人が置物のようにしてレジ前に座っていた。


というか、綾小路が菓子買う時に気づかなかったのか俺……どんだけ気配消してたんだよこのばーちゃんは。



「はい! 彼の名は匠! おばーさんの言う通りでございます!」



いや、それでなんでお前が答えてんだよ!?



「まぁ、コイツのことはほっといて……確かに匠で合ってますけど。どこかでお会いしましたっけ?」


「懐かしいねえ。小さいとき来てたじゃねーけ」



ちいさいとき……?


それは一人でだろうか。記憶が定かではない。



「それは女の子と一緒にですかおばーさん?」



だからなんでお前が訊くんだよ!



「うぅん、どうだったかねえ……」



無理もない。10年かそこらも前の話をすぐに思い出せというのが酷な話なのだ。ましてや、本人ですら忘れているようなことを──



「男の子がいっぱいおったんは覚えとるんやけどねえ」


「……っ。綾小路、行くぞ」


「へ? う、うむ……」

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