22

高校の入学式をむかえる数日前。


俺の心中は、不安よりも喜びのほうが勝っていた。


だって当然だ。栞里と同じ高校に通うことができたんだから。これが嬉しくないはずがない。あの時はまだその理由に気づいていなかったが、今ならそう断言できる。


あの時の感情は、きっとそういう赤面ものの理由だったんだと。



『……はぁーあ』


『ため息なんてついてどうしちゃったの匠?』


『いや、別になんでもない。……本当になんでもないからな? だからそんな顔でこっち見るなよ』


『本当に? いよいよ目前にせまった高校生活に、どこか気持ちが昂っちゃってたりしない? 高校には完璧超人の生徒会長も、恋愛ごとに関して親身にアドバイスしてくれる友達もいないからね?』


『友達くらい簡単にできる。中学は少し失敗したかもだけど……その分、高校では上手くやるさ。てか生徒会長はともかく、親身にアドバイスをくれる友達ってのはキャラ的に案外いたりしそうだけどな』


『確かにそだね。じゃあ、すぐに服を脱ぐつかみどころのなさすぎる親友キャラにしよう。それならキャラ的に、生徒会長とならんでも違和感ないでしょ?』


『今のってそういう話だっけ? でもまぁ……そのキャラならどう考えても表舞台には出てきそうにはないな』



俺のベッドでいつものようにごろごろする栞里を見る。


俺の方を見ようとせず、仰向けに枕を抱きしめながら、どこか中空に視線をさまよわせている。



『……あのさ栞里』


『どしたの?』



? と、とぼけた顔で返事をする栞里。


さっきのため息が何のため息なのか、本気でこいつは理解していないらしい。



『……お前……高校生になってもなんにも変わんないのな』


『もちろん、わたしはいつでも私だよ!』



グッ、とあおむけのまま親指を立てる。


……その位置だとなんか違う意味に見えるぞ。



『そうじゃなくて……なんかさ、高校になったから少し変わろうとか思わない? ほら、異性の相手に対する態度とか……』


『異性の相手に対する態度?』


『……』



これだった。


自分の心中には、確かに喜びがあるはずなのに。


同じ理由である目の前の無防備な幼なじみに対して、どうしてか呆れの感情が浮かんでしまう。



『……俺たちってさ、一体いつまでこうしていられるんだろうな?』


『へ?』



だから、気づけばそんな事を口にしていた。


栞里はうーん、と考え込むような姿勢でうなってから、



『……ずっと、じゃないかな? うん、多分きっとそうに違いないよ』


『どっちだよ、それ』


『未来のことはよくわかんないけど……一緒にいたいって思えば、それはずっと続くものだってわたしは思う。――だってそれ以外の未来なんて、わたしにはぜんぜん見えないから』


『……はぁ。全く……ほんとにお前は毎度毎度……』


『知ってる匠? ため息をつくと幸せがひとつなくなくなっちゃうんだって』


『これはそういうため息じゃないから大丈夫だ』


『んー……?』



これだった。


自分の中でもう一つ、喜びと対になってそこにある呆れの感情。


それは異性の部屋で、なんの遠慮もなしにくつろぐ幼なじみに対する感情ではなく。未来を、自分のものさしひとつで断言する幼なじみに対する感情でもない。


当たり前のようにそこにあるもの。それがいつでも変わらずそこに存在することに……俺は呆れという名の安心感を得ていただけだったんだ。




【なぁ。もし、いつか俺とお前が本当に離れると仮定して……それはどういう時に訪れる結末だと思う?】


【へ? うーん、考えたこともないけど……でも強いて言うなら……】




【わたしが、匠と離れたくないって思った時。けどどうしようもなくて、それしかなくなった時――かな?】




そして、いつか言った栞里のその言葉が……はるか彼方に置き去りになって、いつの間にか見えなくなるくらい、遠くなってしまうことを。


俺は――ずっと信じて“いた”。

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