21
そうしてたどり着いた先は、公園だった。
――坂ノ上公園。そこは夏祭りの時に、俺たちが無事再会できた場所。そしてつい最近、栞里とふたりで出かけた帰りに立ち寄った場所。
「……」
「……誰もいないな」
自分から連れてきておいて、そんな言葉が口から漏れる。
……いつからだろう。
この公園が、俺たちの帰ってくる場所ってやつに。俺たちの訪れるべき場所ってやつに――いつの間にか変化したのは。
「……なんだか最近、よく来てる気がするね」
「え?」
「昔はいつも遊びに来てたけど、ここ何年かは離れ気味だったじゃない? だけど……夏祭りの時もそうだったし、買い物の帰りに立ち寄ったときもそうだった。いくら来ることがなかったとしても、やっぱりここは、懐かしさが染みついた場所で……わたしが、わたしたちが最後にもどってくるべき場所なんだって」
栞里は俺の手を離れ、公園の中心まで歩いていく。
辺りには誰もおらず、かすかに神社から聞こえてくる人の賑わいが、まるで朝を告げる小鳥のさえずりのように耳に届く。
それが俺たちの間に流れるわずかな沈黙を、違和感なくかき消してくれていた。
「そういえば結局、綾小路くんに電話はつながったの? あの時の用事ってそれだったんだよね?」
「……」
どう答えるか迷う。
実は、この初詣は綾小路が計画の首謀者だったんだ! 本当は最初に待ち合わせで合流してから自然と別れるつもりだったんだけど、結局合流は無しになったんだよ。
ほんと再三、現実って上手くいかないことばかりだよな!
……なんてことを大っぴらに言ったりしたら、ここまでなんのために隠してきたのかわからなくなるし。ひとまずここは、綾小路の厚意を最後まで守りきるとしよう。
カタ抜きのせいで全て台無しだが。
「……なんかどうしても抜け出せない用事ができたみたいでさ、栞里にも謝っておいてほしいってそう言ってた」
「そっか。でも年末だし、急に用事が入るのもしかたないよね」
自分なりの理由を見つけて、あっさりと納得する。
「……」
「……」
再び訪れる沈黙。
普通、見知らぬ者同士でこの沈黙を切り崩そうとすると、自分で勇気を出すか、相手の出方に全てをゆだねるしかない。
でも――この沈黙はそれとは真逆だ。ほんとうに互いを知り合ってる者同士の間に流れる沈黙は、それすら心地よさの一部になりえる。
「……あの頃はさ、いつもこの公園に来てたよな。それこそ毎日じゃないかってくらい」
だから、俺はその心地よさを切り崩さない範囲で、発言すべき内容を――慎重に、けど無意識に頭の中で選び取る。
「そうだね。距離にしたら全然近いこともないのに、どうしてああもムキになって通ってたんだろうって今になって思うよ。若いってほんとうに素敵だよね」
「その歳でなに悟ったこと言ってんだって……」
「ううん、この歳になったからこそだよ。……あの頃と今じゃ、なにもかも全部変わっちゃった。私はね、深く考えすぎるようになっちゃったの。ただ一緒にいられればいいんだって……それだけじゃダメになった」
俺の方を振り返り、栞里はいつもの表情でこちらを見つめる。
いつもの表情、いつもの笑顔。だけど、それが俺には、どうしようもなく不安に見えてしかたなくて――
「ねぇたくみ、覚えてる? 買い物の帰りに寄った時に、この公園でわたしが言った事」
「栞里が言った……事?」
「ここは今でもあの頃のままなんだって。変わる必要なんてないってくらい……そのままの場所なんだって」
……ああ、そうだ。
たしかに、そんな事を言っていた。
「じゃあその時の会話で、匠がなにを言ったのかも?」
ああ、もちろん。
あの時の俺の言葉。その中で今、栞里が俺に求めている答えは……きっと――
「自分が今まで当たり前だと思っていたことが、変わってしまうのが怖い……って」
「……」
その沈黙は、まぎれもない正解の合図だった。
「変わることはね、こわいってわたしもそう思う。――でも同時に、この場所みたいに変わらないモノだってある。たとえ何かが変わったとしても、その大本だけは変わらないでいればいいって……匠はそうも言ってたから」
【でも、今こうして一緒にいるってことを、当たり前に感じれるのなら。もしいつか変わる時が来ても、この公園みたいに大事なものだけはずっと変わらずにいられればいいって……俺はそう思う】
そう思いたい――と。たしかに自分の言ったはずの言葉が、まるで他人の言葉のように頭の中で反響する。
「……変わるっていうのは、それまで培ってきた関係も、その中で作り上げたちょうどいい距離感も、全て失うってことなんだ。なにもかも全部、積み木みたいに崩して……もう一度、最初から作り上げなきゃいけない」
「……」
「でも、だからこそ俺は、その見えないだけで中心に確かに存在する『大本』ってやつが絶対に消えることはないって、そう信じてもいる。たとえ変わることへの不安があっても、その後の結果がどうあろうとも……それさえあれば十分だって」
「……」
……栞里はなにも話さない。俺の言葉を、真摯に、そして正直に、真正面から受けきっていた。
「その大本があると信じてるからこそ、俺はたとえリスクを負ってでも、栞里との関係を変えたいと思ったんだ。だって俺は、ずっと栞里の側にいたいって思ってるから。――幼なじみより、もっと身近な存在として」
「……うん。わたしもね、匠とずっと一緒にいたい。朝は一緒に登校して、学校では一緒にお昼を食べて……それでね、帰ったら一緒にお買い物にいくの。今日はなに食べたいとか、好き嫌いはだめだからねー、とか……そんな話をしながら」
「それって今もしてることだよな。てか、それはこれからも変わることはない気がするけど……」
「うん。――だってその毎日が、さっき言った『大本』ってやつだから、それはこれからも変わりようがないんだよ。もし、それが変わる時が来るとしたら……それはわたしがここにいなくて、匠もここにはいない。そのままの意味で、手の届かないところまでお互いが離れちゃう……そんな時だと思うから」
「え……?」
――栞里は俺から顔を背けるようにしながら、冬の澄んだ夜空を仰いだ。
その横顔は、さっき手を取った時と同じ……俺のよく知る幼なじみの顔とは、どこか違うように見えて。
「ねぇたくみ、そろそろ時間じゃない?」
「時間? ……あ――」
知らず知らずのうちに訪れていた年明けのカウントダウンさえ、いつの間にか頭の中から抜け落ちていた。
「……今年もあともう少しで終わりだね」
「……ああ……そうだな」
「まさか、初詣に来たのに公園で年明けをむかえるとは思わなかったよ。……でも、それがわたしたちなんだよね。周りがどうあろうが関係ない。わたしは匠が、匠はわたしがいれば、そこが自分の居場所になる。――だからね――わたしはこの関係がとても好きだよ? 好きで好きで、匠と一緒にいれれば、それが何よりもステキだと思うから。だから――」
「――――」
遠くから、大きくそろった歓声が聞こえてきた。
カウントダウンが終わった合図だ。年明けの瞬間を迎え、皆が一様に、新年の到来を祝福している。
でも――ここだけは。この公園だけは、そんな待ち望んだ瞬間とは無縁の時間が流れていた。
俺は、目の前の幼なじみから視線を外せずにいて。
その口元が動くたびに、不意にドキッとしたりする場違いな感情も。
ぜんぶ、そこから紡がれる言葉の意味をくみ取らないための防衛反応なんだって……自分には、とっくにわかりきっていた。
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