20

「はぁ、はぁ、はぁ……」



がむしゃらに人ごみをかき分け、なんとか入り口付近まで戻ることができた。


年明けまでは、残り15分を切っている。早いとこ息を整えて、栞里がいきそうなところを探さないと……。



「えっと……たしかトイレの方に向かって歩いていたって綾小路が言ってたっけ。……となると……」



――あった。


出店が立ち並ぶエリアから少し離れたところに、公衆トイレを見つけた。距離からすれば、神社の入り口の方が近い場所だ。


一応、念のために中を確認……しようとして、瞬間的に理性が働いた。


……焦っていたもんだから、自然に女子トイレを覗こうとしてしまった。あぶないあぶない。通報でもされたら本気でシャレにならない。



「でもまいったな……これじゃどうしようもない。もう一度電話かけてみるか……」


『――現在、回線が込み合っているため、しばらく時間をあけてもう一度……』


「だめか。くそっ、もう電話は使えないな。一体どうしたら……」



――と、その時。


目端に見かけたその姿を、俺は見逃さなかった。



「……っ――!」



近づいていって、その手を掴む。


躊躇はない。だって綾小路以上に、俺がその姿を見間違えるはずなんてないから。



「――栞里っ」


「えっ――?」



振り向かせて、その表情に驚いた。


泣いて……はいなかったけれど。でも一瞬、ほんの一瞬だけ。


俺のよく知る幼なじみの顔が……これまでで一度も見たことがないような、憂いに満ちた表情になっていたような気がしたから。



「……トイレ行こうとしたのはいいんだけど、どう戻ればいいのかわからなくなっちゃって」


「……本当に?」


「うん」


「……」



表情を崩して、へらへらと笑う栞里。


……さっき見た顔じゃない。


この顔は、本当のことを言ってる時の栞里だ。



「……心配した。だから言っただろ、どっかいくなって。ただでさえ人多いんだから」


「うん。だいじょうぶだと思ったんだけど……やっぱ一人じゃだめだったみたい。今度はちゃんと匠に手を引いてもらって、トイレの中までついてきてもらうことにするよ」


「……いや、さすがにトイレの中までついていくのはどうなんだ」



今度こそ通報される。



「まぁ、ともかく心配させたから、あとでコーヒーもう一本な」


「コーヒーでいいの?」


「なら栞里が好きなやつでいいよ」


「んーっとね……たしか他にも缶の甘酒とかあったよ。たくみもそれでいい?」


「ああ」


「……ねぇたくみ?」


「なんだ?」


「――さがしに来てくれて、ありがとう」



ニコッと、これまで幾度も見た花のような笑顔を向けた。



「……ん」



その笑顔に対して、俺はどこか釈然としない気持ちを抱いたまま――不意に栞里の手を取って歩きはじめる。



「あれ、匠? それだと神社の外に出ちゃうけど……」



神社の入り口を逆方向に抜ける。


これだ。このやり取り、この距離感。


あの時、『一人になるな』と言って栞里を外に連れ出してから今なお続く、この心地よさを感じるやり取りこそが……俺たちの関係の全てを表しているものだから。



「――今はそれでいいんだ。年が明けるまでに、どうしてもやらなくちゃいけないことがあるから」


「……」



有無を言わさず、栞里の手を引いて歩く。


栞里はそれ以上はなにも言わなかった。初めて外に連れ出したあの時のように、なにも言わず、ただ黙って俺の後をついてくる。


だが――今とあの時とでは、根本的に状況が違う。


関係を作るためのきっかけと、関係を崩すためのきっかけという大きな違い。



(……俺の選択は……果たしてどちらに転ぶんだろう)



年明けまで、あと残り10分。


決断は……もうとっくに、自分の中でし終わっていた。

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