19
俺は思い出す。過去の記憶を。あいつといた毎日を。
だけど夢の中と同じく、ごく自然に頭の中に浮かんでくる。
それは中学に上がってすぐの記憶だった。
『……数学がわからん』
『もー、だから言ったでしょ。小学校の時と違って、中学になると急に勉強むずかしくなるんだから』
『……』
俺はそれほど勉強が得意じゃなかったが、それでも栞里に教えられるほどではないと自分ではそう思っていた。
だが……それは小学校までの話。中学に上がると、中間テストや期末テストなんかもあって、自分が賢くない部類に入るということをおいおい理解し始めた。
だから自然とそうなった。勉強は栞里に教わって、逆に運動は俺は教える。そういう暗黙の了解ってやつが誕生したのが、まさにこの瞬間だったのだ。
栞里は元々、運動神経が極端に悪いってほどでもなかったから、あの頃はどちらかと言うと、俺が教えられる比率の方が多かったけど。
『え、国語90点? まさかたくみ、暗記パンとか使ったりしてないよね?』
『……いや、それなら普通に100点取るだろ』
……うん。
ことわざ辞典や世界の名言集やらを読むのが一つの趣味になったのも、もしあの時、栞里が本を貸してくれることがなかったら身につかなかったことだし。
感謝こそすれ、それに不平不満を持つことなんて、それこそ罰が当たるってやつだ。
『あのさ、栞里』
『ん? どうしたの?』
『……栞里はさ、俺といて楽しい?』
『あたりまえじゃん。どうして?』
『……どうしてだろ。なんとなく聞きたくなって』
『……?』
それからしばらくして、俺はふと、そんな事を栞里に聞いた覚えがある。
今になって思えば、それはまさにそういう時期だったというのもあるのだろう。いわゆる思春期ってやつだ。
『楽しくなかったら、いつもこんな一緒にいないよ。わたし、口には出さないけど、本当に楽しくなかったらとっくに匠から離れてると思うし』
『それはそれでプレッシャーな言葉だな……なら今度からは、会うたびに一発ギャグでもかますことにするか。それはそれでまた別のプレッシャーが発生するけど』
『うーん……多分、それはだめなんじゃないかなぁ。わたしが匠の元から離れる未来しか見えないよ』
なかなかに辛辣かつ直球な言葉だった。
だが――これが栞里という女の子だ。いつも自分に素直に、正直に。そして冗談が通じない女の子。
栞里という幼なじみは、俺にとって一番身近で一番の理解者で。そして俺という幼なじみも……また栞里にとって、一番の理解者だと。
『なぁ。もし、いつか俺とお前が本当に離れると仮定して……それはどういう時に訪れる結末だと思う?』
『へ? うーん、考えたこともないけど……でも強いて言うなら……』
自分に中に渦巻く、もう一つの得体のしれない不安。
関係が変わるのを恐れるのとは違う。もっと根本的な……当たり前の関係さえ、目の前から消えてなくなってしまうような――
『わたしが、匠と離れたくないって思った時。けどどうしようもなくて、それしかなくなった時――かな?』
そう。
その仮定は、すでに俺の目の前に現れていたんだ。
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