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キーンコーンカーンコーン………。



「……疲れる……」


「どうしたわが親友よ、ずいぶんとお疲れのご様子だが?」



めずらしく制服を着た綾小路が、心配するように聞いてきた。


というか最近は寒くなってきたのか、さすがのこいつも校則に則っている事が多い。多いという言い方をしたのは、少なからず脱いでいることがあるからだ。気分の問題で、やはり寒いのは関係ないのかもしれない。



「いいかい、悲しい顔をしていると自然と人は不幸を呼び寄せてしまうものなんだ。その証拠にほら、僕はいつもポジティブシンキングにあふれた顔をしているだろ? ──笑顔でいれば、不幸なんて訪れない。そういう生き方をしているからこそ、僕の肉体はこんなにもいつも魅力的なのさ」


「最後の言葉、文脈的に繋がってなくない?」



さっきのは、どうやら昼休みを知らせるチャイムだったらしい。


弁当をもって教室に入ってくる他のクラスのやつや、逆にクラスから出ていくやつを見てそれを理解した。


……今日の俺は、そんなにも意識が飛んでいたというのか。そういや、ここまでの授業の内容、ほとんど覚えてねぇ……。



「たーくみっ、ご飯食べよー」


「おっ、そうこう言ってるうちにお迎えがやってきたようだぞ。聞いてくれよ栞里さん、今日の彼はどうもおかしくて……ん? あれ、いない……おかしいな。今の今まで、ここで僕と話していたんだが……」


「あ、匠なら捕まえたよ? なんか知らないけど、わたしの顔見るなり逃げようとしたから」


(……網に捕まった虫の気分ってこんななのかな……)



一瞬のスキを突いて反対側のドアから逃げようとしたのだが、出た瞬間に、その反対側にいたはずの栞里に首根っこをつかまれて拘束されてしまった……かっこ悪いことこの上ない。


てか普段はマイペースなくせに、どうしてこんな時だけスペック上がるんだよ。リミッター解除したロボットかこいつは。







「「…………」」



教室の喧騒をうけながら、二人して弁当を黙々と食べる。


俺のは絵に描いたような母親お手製のバランスのとれた弁当。一方で栞里は、これまた絵に描いたような女の子らしい彩りをしたカラフルな弁当だった。


ちなみに綾小路はと言うと、俺たちの邪魔をしてはいけないと言って早々にどこかに行ってしまった。こんな時にいらん気を回してくれなくてもいいってのに。



「そういえば」


「んー……」


「わたしと匠って、みんなの中では、もう校内公認のカップルってことになってるらしいよ」


「んー……」


「あ、そうだ。あとね、今日の晩ご飯なんだけど、おばさんが仕事から早く帰ってくるみたいだから、少し豪勢にしようと思うの。いつもは夕飯はわたしが作るって決まっちゃってるからね、おばさんが参加するっていうならわたしも少し気合入れなくちゃいけないし」


「んー……」


「……ねぇたくみ。今日のお弁当に入ってるハンバーグなんだけど」


「んー……」


「ひとつだけわさびが入ってるロシアンルーレット形式にしてっておばさんに頼んでみたんだけど、どうだった? ちゃんとわさび中に入ってた?」


「……っっっ……!!!?」



時すでに遅し。痛みという名の騎兵隊が、口から通り抜けるようにして、俺の鼻の中を大きく蹂躙した。


急いでお茶でハンバーグを胃に流し込み、俺は安堵の息を吐く。


……わ、割と本気で死ぬかと思った……。



「知ってる? わさびの辛さって、コーラ飲んだらすぐ収まるらしいよ。今度また機会があったら、是非とも試してみたいよね」


「いや、その機会が訪れる前に俺は退散させてもらう……」



お袋のやつ、絶対あとで文句言ってやる……。



「でね、匠。さっきの話の続きなんだけど」


「え? 話?」



わさびを食らうまでずっとボーっとしてたから、栞里の言う話がどの事か全然わからない。


まぁ、昼飯時の話だし、さして重要な話でもないだろう。もしそうだとしても、上手い事相づちを打っておけばきっと何とかなるはず……。



「ほら、わたしと匠が校内公認のカップルになってるって話」


「……っっっっっ……!!!?」



なにも口に入れてないのに、何かが喉につまった気がして俺は悶絶した。


先に言っておくが、これは動揺による悶絶だ。決して恥ずかしいからとかそういった乙女チックな理由じゃない。



「まぁ、その事自体は別にいいんだけど……ほら、体育祭の競技あったでしょ? どうやらあの一件からみたいなんだよね、そう思われ始めたのが」



そう言って、栞里は拳をあごにつけて考えるポーズをしながら、



「でも、それを言うなら入学式の時だって二人で仲良く遅刻したし、昼休みの時だって、ずっとこうして二人でいるよね? だからわたしとしては今さらって感じがするんだよねー……ホントはもっと早くにそう思われてもいいはずだったのに、どうしてあの出来事がきっかけになったのかって」



……いや、どうしてっていうか……全裸〈オチ〉がどうあれ、そりゃあ、あんな必死に頑張ってる姿を全校生徒に見られたら、そう思われても仕方ないことだと思います。ええ。


そんなことより、いや、こっちが本題なのだが。そう思われるのが今さらってことは、その……つまりどういうことなん……



「でもまぁ、何事もきっかけっていうのは唐突なものだよね。で、今日の晩ご飯の話に戻るんだけど」


「どういうことなんだ一体ッ!!!?」


「へ? 晩ご飯、なにか食べたい物でもあった?」



そんな感じで、どこか大きなしこりを残したまま、その日の昼は終了した。


……なんだこのうやむや感。こんなんで授業受けろとか、どう考えても無理に決まってるじゃん……。

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