3

翌日。


昼休みのチャイムが鳴った瞬間、俺は椅子から立ち上がり、綾小路の席まで早足で近づいていく。



「む? どうかしたかいわが親友? そんなに急いで僕の所へ来るなんて。珍しくもあると同時に嬉しくもあるではないか」


「話がある。少しお顔をお貸しください」


「どうしてそこだけ敬語? いや、それより……言ってる間に、栞里さんが君の元に昼を誘いに来ると思うのだが……」


「栞里には朝のうちに話をすると言っておいた。というわけで、いいから俺についてこ……」


「たーくみっ、ご飯食べよー」


「ん? どうして栞里さんが……朝のうちに言っておいたと、今そう言ってたはずじゃ……って、うおおおおぅっ――!? まさか君に腕を引っ張られる日が来るなんて! いやしかし、それも僕たちの友情パロメーターがまたひとつ、大きな変動を見せたということだな……ああ、こんなに嬉しい事はな…………」


「あれ? たくみー? どこいっちゃったのー?」







「はぁ、はぁ……。こ、ここまで来ればさすがに大丈夫だろ…」


「全く……君は本当に強引だな。しかしそれが嫌ではないと思ってしまう自分が、また末恐ろしくもある……」


「……うおっ!? 俺、いつの間に腕なんか掴んで!?」



あわてて、掴んでいた綾小路の腕を振りほどく。


咄嗟の事とはいえ、まさか野郎の腕を掴んだまま校内を走ることになるとは……変な噂とかにならなきゃいいけど。



「で、わが親友よ、そろそろ事情を聞かせてはもらえないだろうか? 栞里さんに話をすると言っておいたと嘘をついてまでこうして僕を連れ出したということは、話の内容も大方、栞里さん関連の事なのだと思うが」


「……なんか、こういう時はいつも鋭いよなお前……」


「いや、さっきの出来事を経験してそう思わないほうがおかしいのではないだろうか」



そりゃそうだ。


階段に腰を下ろして、俺はあらためて会話をする姿勢に入る。


他に階段に人はいなかったが、その代わり、すぐ近くの屋上から流れ込んでくる隙間風が、この場所に人がいない理由を自ら誇示していた。



「思えば、昨日もなにか疲れているような思い悩んでいるような、そんな顔をしていたな。それも栞里さんが関係しているというのかい?」


「ああ……でも単純に言ってしまえば、これは俺が勝手に思い悩んでるだけのことなんだよ。今さらになってこんな事思うのも、どうなんだって話だけど……」



すると綾小路は少しの間、考えるそぶりを見せて、



「ああ、なるほど。つまり君は、今になって栞里さんへの恋愛感情に気づいてしまったというわけだね?」


「……鋭いっていうか、決めるときはいつも変化球じゃなくて直球だよなお前」



そしてこうも直球で投げ返されては、俺のほうもいつまでもグダグダ言い淀んでる場合じゃない。



「まぁ、大体その通りなんだけど……それ自体は別に問題じゃないんだ」


「と、言うと?」


「……栞里が」


「栞里さんが?」


「――なにを考えてるか……わからない」



そう。


俺が栞里を好きだということ。それ自体は、とっくにわかっていたことだから特に驚きもしない。


ただその事をはっきりと自覚しようと決意したきっかけが、ここ一年で何回もあったから、認めるのがタイミング的に今になっただけ。


となると、俺がここ最近、頭を悩ましていたのは一体なんなのか。


その答えこそが……今、俺自身が言った言葉だった。



「なにを考えてるのかわからない?」


「あいつとはじめて会ったのは10年くらい前……栞里の家族が、俺の家の隣に引っ越してきた時だったんだけど。その頃のあいつは、いつも家で一人でいるようなやつだったんだ。今はだいぶ活動的になってるからあれだけど……当時を知る俺からすれば、そのどちらともが栞里で、けどそうは思えない時が幾度かあった」


「そうは思えない、とは?」


「なんつーか、ギャップを感じるっていうのかな……。けどまぁ、こんなことを思うのも、今までであいつとずっと一緒にいたからこそなんだけどな。変化を直に見てきてるから、そう思うのも仕方のないことなんだと思う」



そこまで言って、俺はさも当たり前のことを言うように。当然だと思っていることをあらためて再確認するように、さらに言葉を紡ぐ。



「でもそれは、あいつがいつだって自分っていうものを隠さず出してくるからなんだよ。冗談の通じないところとか、マイペースなところとか……かと思ったら、一人で抱え込もうとして、さりげなく俺に助けを求めるところとか」


「ふむ……たしかに、栞里さんは困った時はいつも遠まわしに君に助けを求めていたな。いつだったか、授業で当てられた時も、答えを求めて君に体全体を使ったジェスチャーを向けていたし。……ほらこんな風に……」


「再現しなくていい。てかあれは悪い例だからさっさと忘れてしまえ」



ツッコみ終えて、話を仕切り直すように俺は大きく息をひとつ吐いた。



「とにかく……栞里がいつだって、日常的に自分を偽らずにいることを、俺はずっと前から知っている。笑顔だって不満だって、あいつはいつもそれが嘘じゃなくて本当なんだ。――それだけは変わらない。だから、今も昔も栞里は変わらず栞里なんだって、俺はそんな風にも思えるんだよ」



……階段は屋上から流れ込む冷気に満ちていて、こうして座っていると余計に冬の寒さを感じられた。


こんなところに好んで来るのは、ただの物好きか、あるいは誰かに聞かれたくない話をするやつくらいだろう。


この場合、俺は後者で――誰かに聞かれたくない話を、その誰かに今こうして聞かせているわけで。



「ふむ……つまり君は、栞里さんがいつだって、本当の感情を自分に向けてくるとわかっていた。だからこそ、今の栞里さんが一体何を考えて自分に接してくるのかわからない、とそう言いたいのだな?」


「多分、あいつもなんとなく察してると思うんだ……俺のここ最近の言動は、自分でもわかるくらいブレブレだったからな。前は結婚してくれ、とか普通に言ってたし」



今思い出すと、なんて恥ずかしい事を俺は言っていたんだろう……自覚がないってほんとに怖いな。



「なのにあいつは、いつもと変わらず俺と接してくる。放課後はいつも迎えに来るし、夕飯だって普通に作りに来るし、おまけに朝は、いつの間にか俺の布団にもぐり込んでいると来た。……なぁ、どうしてあいつは、こうもいつもと同じでいられるんだと思う?」


「それは栞里さんが、もうずっと前からそれを当たり前だと思っているからではないのか?」


「……え?」

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