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あまりにすぐ言葉を返されたので、何を言われたのか咄嗟に理解できなかった。


少し考え、俺はようやく言葉の意味を咀嚼し終えると、今しがた投げて寄こされた疑問を表情を崩さない綾小路に対して投げ返す。



「当たり前って……」


「そもそも今の話には、根本的におかしいところがひとつある」


「おかしいところ?」


「君の視点で、栞里さんがこう思っているだろうと話していたところだよ」



そう言って綾小路は、改めて俺の目を見据えると、



「そもそもの話、君が栞里さんの事に関して確実に言えるのは、栞里さんが自分に正直だという点だ。それは僕にもよくわかる。彼女……栞里さんは、決して自分を誤魔化さない。嘘偽りなく、自分のやろうとすることに、はっきりと自信の持てる人だ。だからこそ、僕は彼女のことを尊敬している」


「お前、栞里のこと尊敬してたんだ……どっちかというと、そっちの方が驚きなんだけど」


「なにを言ってるんだい? だからこそ、僕は最初に出会った時から彼女の事を『栞里さん』とそう名前で呼んでるんじゃないか」


「マジかよ……」



そんな話、この一年ではじめて聞いたんだが……いや、今まで聞く機会無かったから当然だけど。


てか最初に出会った時って、たしか綾小路が公園で小さい子相手に自分の体を見せつけていて、それを見た栞里が警察に通報したんだっけ?


……あまり深く考えないでおこう。



「自分に正直だというのは、君の言ったとおり、栞里さんを形作る要素のひとつに違いはない。だが――栞里さんが君の動揺を察したうえでいつも通りだというのは、あくまでも君の憶測に過ぎないだろう?」



まぁ、それは確かにそうなんだが……。



「それは僕のような他人でもわかるような彼女の特徴ではなく、栞里さんの、栞里さん自身しかわからない感情のはずだ。……彼女はあくまで、いつもと変わらない自分でいるだけ。そこに彼女しかわからない感情という部分を話に混ぜても、事態は一向に進展しない」


「……」



綾小路の言葉を、俺は黙ったまま聞いていた。


最初から、こいつだけは真面目に話を聞いてくれるだろう――と、なんとなしの確信はあったのだが。予想に反して、その結果は上々だったらしい。


……やはり、なんだかんだ俺もこいつの事を信頼しているのかもしれない。


いや、信頼してるからこそ。俺は誰にも聞かれたくないこんな話を、こいつに面と向かってしようと思ったんだろうな。



「……そっか。俺は栞里のことをわかった気でいたけど……そのせいで、栞里自身の考えってやつまで、まるっきり全部わかったような気でいたんだな」


「幼なじみといえど所詮、他人は他人。誰かの事を100パーセントわかるだなんて、それこそ、相手の考えを読み取ることができる超能力でもなければできない芸当だろう」



綾小路はフッ、とどこぞの科学者のように笑いながら階段から立ち上がる。



「しかしだからこそ、人というのは面白くて興味深い。僕もいつか、栞里さんや君という親友の事を、かぎりなく100パーセント理解できる時が来るといいのだがな……」



……なんか最後は若干、話が脱線したような気がしたが……とにかく綾小路いわく、俺の不安や動揺は、栞里の方からするとなんのこっちゃないということらしい。


なるほど、確かにそれは合っているのかもしれない。栞里は昔からマイペースなやつだし、いくら俺が態度を変えたとしても、『もしかして髪切った?』ぐらいの認識しかしてないのかも……。



「というわけで親友よ、君は今度の休日、栞里さんとデートしたまえ」


「ああ……って、え? ちょっと待て、今なんて言っ…」


「考えるよりまずは行動だ。栞里さんから最近、君が買い物に付き合ってくれなくなったという話は聞いている。理由にしても今ので納得がいったし、それなら後はもう買い物〈デート〉しかないじゃないか」


「そうなの?」


「そうだ」



断言された。ようするに逃げるな、ってことだろう。


自分でもそう思う。というか今さらになって理解したが……つまるところ俺は、誰かに背中を押されたかったのかもしれない。


小さい頃は何も考えず、ただ自分の言いたい事や、したい事をしてきたのに。この年齢になると、なまじ変に考えすぎて、本当にそれで合ってるのか不安になってくる。


だからこそ、人は誰かを頼る時がある。


ほんの少しでいい、ちっぽけな勇気やきっかけだけでいいからって……そんなふうに、誰かに助けを求める時が。



「まぁ……うん」


「……」


「………なんとかやってみるわ」


「うむ――それでこそわが親友だ」



昼休み終了を告げるチャイムが鳴り、妙な満足感を湛えたまま、俺は教室へと戻る。


満足感でいっぱいになったお腹とは別に、空いたままのお腹が隣合っていたが、昼食への渇望はそれほどなかったので安心した。


……というのは嘘で、五限が終わった瞬間、俺は手をつけていなかった自分の弁当を、まるで豪鬼のごとく食い荒らしたという。


綾小路はと言うと、自分の席で優雅にプロテインバーを食っていた。五限の授業中に。

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