5

「ふんふんふ~ん♪ ふんふんふ~ん♪」


「……」



夜。


いつもと変わらず、俺の家の台所で夕飯を作っている栞里の姿を、ソファーから眺める。


栞里がこうして、お袋の代わりにご飯を作ってくれるようになったのはいつからだっけ……たしか小学校高学年くらいの時からだった気がする。


最初に料理をする、と言い始めたのは栞里の方から。あの頃はまだ俺も栞里も小学生だったし、お袋も最初は相当不安がっていたのを覚えてる。


けどそれ以前から、栞里はたまに俺の家にご飯を食べに来て、その手伝いをすることが多かったから……一人でどうにかできるまで、そう時間は掛からなかった。


その甲斐あってか、今となっては、お袋も俺の事を栞里に任せっきりだ。栞里のお袋さんと親父さんも、たまに顔を合わせると、娘をよろしくとかなんとか言ってきて困る。


……今になって思うと、こうもお膳立てされて、栞里のことを好きだと今までそう自覚しないほうがおかしかったんじゃないか?



「いや。だからこそ、だよなぁ……」


「だからこそ、なに?」


「うおっ、ビックリしたっ!? な、なんだよ急に入ってくるなよ、俺のモノローグに!」



エプロン姿の栞里が、いつの間にか俺の顔を覗き込むようにして、ソファーの後ろから顔を突き出していた。


驚きすぎて、危うくソファーからずり落ちるところだった……。



「今たくみ、完全に口に出して言ってたよ? だからこそ、俺はベンガルワシミミズクを飼いたいと思ってるーって」


「いや、断言するがそれは絶対言ってない」



てかなんだよベンガルワシミミズクって。興味の矛先が限定的すぎるだろ。



「主に南アジアに生息する、またの名をミナミワシミミズクともよばれていて……」


「まだ続けるんかい。もういいわ。……あれ? そういや、なんかこげくさくない? 火とか大丈夫か?」


「へ? ……わーっ!? 全然だいじょうぶじゃないよ! 急いで窓開けなきゃ窓!」


「……」



……たまにこういう失敗をするのも、なんだかんだ栞里といえば栞里らしいんだよな。


ここ最近、俺が頭を悩ませているなんて露知らず、けれど今日もいつも通り、栞里は自分のペースをつらぬいている。


でも綾小路と話したおかげか、俺も今日は、いつも以上に栞里と普通に話せてる気がした。


……話を切り出すなら今のこのタイミングかもしれない。買い物に誘うなんて、俺の方からしたことはあまりないけど……ここはひとつ、勇気を出して……。



「あ、そういえば匠」


「へ? な、なんだ? どうかしたか?」


「今日のお昼、なにか用事だったの? わたしが席にいった時には綾小路くん連れてどっかいっちゃってたから、なにかあったのかなって心配だったんだけど……」


「……あ。え、えーっと……それはー……」



マズい。


話をする以前に、今日の昼の出来事に対しての説明をするのをすっかり忘れてた。


でもだからと言って、事細かに内容を話すわけにはいかない。ここは適当に誤魔化しておくか……綾小路も、多分あとで話合わせてくれるだろうし。



「……ほら、もう少ししたら冬休みだろ? だから綾小路と、冬休みに入ってからのスケジュールを話してたんだ。せっかくだし、色々遊びに行きたいしな」


「匠、冬休みは綾小路くんと二人でどっかいくの?」


「は? そんなわけないだろ」


「でも今、綾小路くんと冬休みの事について話してたって言ったよね?」


「……」



……綾小路は、栞里の感情は栞里自身にしかわからないなんて言っていた。


が……俺に関しては、別に俺自身じゃない他の誰かでも、なにを考えてるかわかるんじゃないか、とそう思わざるを得ない。


ていうか、今のは嘘をつけないとか、そういう長所でもあり短所でもある的な話じゃないだろ。バカか、マジで馬鹿なのか俺は?



「……なぁ栞里」


「へ?」


「……今度の休日――どこか出かけよう」



力押しだった。


話を無理矢理ぶった切ったのは、この際気にしないことにする。



「……もー、匠ってば」



栞里は台所に立ったまま、俺に笑顔を向けて、



「一緒に出かけたいなら、わざわざ綾小路くんに相談しないで、はっきりわたしにそう言ってくれればいいのに。――わたしは、絶対に嫌だなんて言ったりしないよ?」



そう言って、当たらずも遠からずの勘違いをしたまま……テーブルの上に、ほんの少し焦げた野菜炒めを並べたのだった――。

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