24

「はぁ……はぁ……」



荒く呼吸を繰り返して、目的の場所を目指す。


本来、この時間に歩くはずの道とは違う。かといってショートカットのために、ふざけた名前の公園を目指して進んでいるわけでもない。


それとは少し違う――すでに通学路さえ外れたこの道程は、俺が戻ってくるべき場所に向かうためのもの。



「はぁ、はぁ……はぁ……」



途中、幾人かの生徒の横を通りすぎたが、特に罪悪感とかはなかった。


何故なら、俺の意識はもうとっくに……それとは違う方向をむいていたから。







「…………」



誰もいない公園は、あの時の光景を容易に思い出させた。


小さい頃、暗くなるまで二人で遊んだ光景。夏祭りの時、二人で一緒に花火を見た光景。年明けの瞬間、相手の気持ちをくみ取ろうとしたうえで、それ以上は互いになにも言えなかった光景。


と同時に――髪が揺れた時にのぞく、うなじとかそういうのも。



「……遅刻確定だなこりゃ。ったく、結局、入学式の時もごまかせなかったっていうのに……こうなるともはや言い訳も出てこないな」



ぼやいて、ベンチに座る。


……この公園だけはいつだって変わらない。それは散々聞いて、俺自身も言った言葉。


入り口にある、『坂ノ上公園』と書かれたさびれたプレートも。このベンチから見える遊具の数も。


何もかも変わらない。ただひとつ、変わったことがあったとすれば――



「……いや、なにも変わってないか」



いつでもそこにいる、という幼なじみとしての関係。


けど、それは物理的な距離感だけで。……その根底にある大本ってやつは、何ひとつ変わっちゃいない。


何も変わらないんだ、きっと。



「……ほんとうに俺も。あいつだって、馬鹿としか言いようがないよな」



携帯を取り出して、連絡帳を開く。


――ポケットの中に一緒になって入っていた絵柄つきのばんそうこうが、携帯にくっつくようにして手の中におさまった。



「身近にいるからって、お互いの番号もアドレスも知らないんだから。マジで抜けてるよ……俺も、お前も」



そこにあってもおかしくない、本来あるべきはずの名前。最初からそこになかった名前を思って、俺はまた言葉を吐き出す。


あまりに近すぎて。あまりに一緒にいすぎて。それが当たり前みたいになって。


本当の意味で離れる事なんて、絶対にありえないと思ってたから。だから――



「――あれっ?」



だから……いつだってそこにいるはずなのに、それが急になくなるだなんて。



「なんだよ……そんなつもりじゃなかったのに……。ほんと、だめだな……俺っ……」



目の前がぼやける。まるで夢の中のようにピントが合わない。


なにもかもぐちゃぐちゃで、その目から流れるなにかさえ、まるで夢の中の出来事のように現実味を帯びていない。



「ううっ……うぁっ、あぁっ……っっ……」



――なにもかも必死だったんだ。


ただその全てを、事実として受け止めるだけの器が、俺の中にはまだなくて。


だからこそ、それが少しでも現実じゃないって思いたかった。



「……あ」



だけど、それは事実であり、まぎれもない現実だった。


だってそうだ。あいつはいつでも、本当に肝心なことは言わなくて……けど言わなきゃいけないことは、絶対に言葉に出して俺にぶつけてくる。




【――だからね――わたしはこの関係がとても好きだよ? 好きで好きで、匠と一緒にいれれば、それが何よりもステキだと思うから。だから――】




【いつかわたしがこの場所にもどってきて、匠の前に現れたら。……その時は、もう一度……わたしの手を取ってくれる――?】



「……そうだった。そうだよ……こんなことしてる場合じゃないだろ、俺」



あいつがいつ、この場所に戻ってきても大丈夫なように。……なにも考えない俺でいなくちゃいけない。



「栞里だけを見ていて、栞里だけが気になってた――あの頃の、バカで不器用な俺で」



空を見上げる。


冬の晴れ晴れとした天気は、太陽が関係ないとばかりに、見えている事実とは別の寒さを運んでくる。


でもその寒さは、決してからだの内側まで達することはなくて。







俺は、温かさと決意を心中に保ったまま……いつかもう一度戻ってくるべきその公園〈ばしょ〉を、強い足取りであとにした――。

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