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「だからっ。……自分のクラスの喫茶店で他の誰にも負けないぐらい、ものすごい勢いで働いてたでしょ?」


「ああ……」



それを聞いて、俺は理解した。


そもそもの話……女装喫茶という、多数決だけで決められた出し物のせいで一番被害をこうむっていたのは誰か。


なにを隠そう、うちのクラスの連中である。俺も含めて。


そしてその中でもさらに一際、被害を受けていたのは、女装する男子メンバーである。俺も含めて。


そんなリスクだけでリターンのない出し物に拒否反応を示した一部の男子は、自分のクラブの出し物を優先することとなり。結果として、女装する男子……つまりは接客役が不足するという事態が発覚したのは、つい昨日の話。


だが、そこで裏方に回るはずだった数人の女子が手を上げた。そのうちの一人が栞里だった。


最初は人数がいないので仕方なく……といった理由だったらしいのだが、開店して徐々にギアがかかって来た栞里は、



『これがわたしの天職なんだねきっと……ッ!』



……なんてキラキラした目で言いながら、他のメンバーを数倍早送りしたような動きで接客に励んでいたという。



「けど、それがなんだっていうんだよ? あのがんばってる姿こそ、栞里が二人に見せたかったものじゃないのか?」


「いや、どう考えてもあの姿は見せたくなかったものだよ。……考えてもみて匠?」



そう前置きして、



「もし自分の子供が、女装喫茶って書いてあるお店で、他に見せたことのないような笑顔で働いてたらどう思う?」


「……」



口には出してないはずだが、自分が今どんな感想を抱いているかは栞里には理解できたらしい。



「ま、そゆこと。幸い、今は休憩時間だからこうして外に出てるけど……それが終わったら、またクラスに戻らないといけないから」


「だからその前に二人が来たら、自分のクラスにだけは近づかせないように、こうして階段近くで待伏せしてたってことか」



肯定する。


なんというか……納得できるようでできない話だった。


普通に考えて、栞里の言うことはもっともだ。


学校の文化祭とはいえ、女装喫茶なんていう教育委員会も眉を細めるであろう出し物に、自分の『娘』が自ら表だって参加してるだなんて……。


店に来た普通の客も、「レベル高ェ! 凄ェ!」なんて、大いに勘違いされてるであろう言葉を残していったというのに……それが自分の娘なら、きっと複雑な気持ちになるはずだと。



「でも、それを言ったらそもそもの企画が間違ってたって話になるしなぁ……」


「別にわたしは、企画自体には大いに賛成してるよ? 接客だって楽しかったしね、女装って勘違いされるのもそれはそれでおもしろかったから」



けど……と、それ以上の言葉を紡ぐ前に、俺は栞里の頭にポンッ、と自分の手を置いた。


女装と勘違いされる理由の一つになっている肩までしかない髪は、間違いなく栞里自身の髪だ。まるで絹のような触り心地で、いつまでも触っていたくなる。



「たくみ? この手ってどういう時の手?」


「それ以上は言わなくてもわかるよの手」



……顔には出さないが、栞里はお袋さんと親父さんが来るのを本当に楽しみにしているはずだ。


あまり家に帰ってこない二人が、こうして文化祭に来てくれる。なら、そこで妙な姿は見せたくない。


正直な話、栞里のお袋さんと親父さんの性格から考えて、二人はそんなことは全然気にしないはずだ。何故なら、あの二人は栞里のことが本当に大好きだから。


けど――それはまた別の話。良いも悪いも全部知りたい親と違って、子は自分の良い部分だけを親に見せたいものなのだ。


……なんて、わかった風なモノローグをしているうちに、不意に栞里が体を傾ける。


なんだろうと思い背後を振り向くと、そこにはただの変態がいた。




無意識に栞里の手を取り、俺は全力疾走でその場を離脱した。

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