2
「ん? あれは……」
「金魚すくいだね。でも、それにしてはギャラリーが異様に多いような……?」
「そういやそうだな。もしかしてなにかあったのか?」
俺は栞里をその場に残して、明らかに人が密集しているその一角に近づいていく。
そして、それから数秒後。俺はその事をひどく後悔することになった。
「ふっ、ふっ、ふっ! どうだいこの華麗なポイさばき! 僕のこの美しい筋肉と合わさって、美しく甘美な音を奏でているとは思わないか?」
「やめろこの歩くわいせつ物」
とりあえず頭にクロスチョップを決めてやることにする。
――初めに言っておく。この男は知り合いだ。
認めたくはないが、知ってるか知らないかで言えば知っているのだから仕方ない。
「誰だ、この綾小路命〈あやのこうじみこと〉にクロスチョップをかけてくれたのは……っと、今の手刀の当て具合からしてもしかしてと思ったら、本当にわが親友だったとは! こんなところで会うとは奇遇だな!」
「我が親友? え、お前の親友が今この場にいんの? 誰だろうなーどこにいるんだろうなー」
「ははは、相変わらず冗談がきついな君は。しかしそれもまた至高。僕と君は筋肉という太くのびやかな繊維で繋がっている仲なのだから、そういった冗談も『友情』の一言で済ませられるのが親友のいいところだな」
何もこんな上半身裸の男を知り合いに持つ必要はなかったと自分でもそう思う。いやマジで。
だが、入学式の日の朝に知り合って以来……俺はこの綾小路命〈あやのこうじみこと〉という男に何故だか気に入られていた。
理由はわからないが、前に『僕の言動を真正面から受けてくれるのは君と栞里くんだけだった』という涙交じりの言葉を聞いた覚えがあったりなかったり。
……うん、覚えはあるけど単に忘れたかっただけです正直。
「今日は栞里さんは一緒ではないのか? 君たちが別行動を取っているとは珍しいこともあるものだ」
「いんや、栞里は向こうにいるよ。でもここに変態がいるってんで、危険だから一人で置いてきたんだ」
「変態? はて、そのような輩は周りには見受けられないが……?」
「お? いっぺん鏡見てきてみ? お前だよお前」
いつもと変わらないファッション(半裸)で、無駄に見せつけるようなポーズを決めながら返答する綾小路。
周囲は興味本位の野次馬が半分、本気で警察に通報しようとしている人が少数。そして、やれやれまたか、といった目でコイツを見る同じ学校の生徒が残りを占めている感じだった。
「大体、なんでこんなところにいるんだよ? お前、いくら学校では先生に半ば呆れられてるって言ったって、こういった公衆の場でその姿を晒すのはさすがにリスクが高すぎるだろ」
まぁ、学校でも時たま制服着ていなかったりするし、今さら上半身裸になったところ何も変わらないか。いや変わるな。もし次に通報でもされたら、俺が在学中にコイツの姿を見ることは一切無くなることだろう。
「僕は毎年この祭りに参加していてね、屋台荒らしのマッスルヴィーナスという異名で有名なのさ。颯爽と現れては、仕入れた商品を根こそぎかっさらう……それだけならただの迷惑な輩だが僕は違う。さて、一体なにが違うのでしょう?」
「あまりの変質者っぷりに、毎回警察が介入する」
「答えはね……僕が現れると、いつもそのお店の集客率が増えるんだ。理由はわからないが、この美の追求のたまものだと僕はそう思っているよ」
それって俺の答えでもあながち間違ってないんじゃないか?
なんてツッコむとまた面倒なことになりそうだったので、とりあえず黙っていることにした。触らぬ変態に祟りなし。
すでに手遅れとかそういうのは無しの方向で。
「しかしいつまでもこの場にいては注目を集めてしまうだけだからね、そろそろお暇するつもりさ。小学校高学年の時は全然見向きもされなかったんだが、中学三年あたりから皆の僕を見る目が変わりはじめてね、今ではこうしてすっかり人気者になってしまった」
「俺、この祭り来たの今年がはじめてだったんだけど、もっと前から来てればよかったって今は切実にそう思うよ」
「それは僕にもっと早く会いたかったという意味かな?」
「ああ(遭遇しないための対策を立てられる的な意味で)」
「!? ……そうか……やはりなんだかんだ言って、君は僕の事を好いてくれているのだな……。ああ、こんなに嬉しいことはない……っ!」
「意味をはき違えてるとこ悪いが、そろそろ栞里待たすのも限界だし俺戻るわ。それじゃあな」
逃げるように立ち去ろうとした俺の手を、綾小路は有無を言わせぬ力でつかんでくる。
「待つのだわが親友よ」
「なんだよ? あとできれば手離してくれないか。これ以上周りから奇異の視線受け続けたら、俺耐えられそうにないんで」
「……一つ言い忘れていたことがあったのだが……さっき君は栞里さんを向こうに待たせていると言ったな? いや、それは確かにその通りで、事実、栞里さんは先ほどまであそこの石段に座っていたのだが……」
歯切れ悪く続ける綾小路の言葉を疑問に思い、首を傾げながら後ろを振り向く。
そして、さっきと比べて少し落ち着いた人ごみの先に、俺は栞里の姿を見……。
「……あれ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます