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『では僕はこれで失礼するが、もし帰りに栞里さんを見かけたら君に連絡を寄こすとしよう』


『大方お手洗いか、気になった屋台を思い出したりしたのだろう。何、心配はいらないさ。あの子は見た目に反して、案外しっかりしている子だからな――』



……という言葉を残して、綾小路は俺の前から去っていった。上半身裸で。


俺個人としては、お前の方が通報的な意味で心配なのだがと思ったりもしたが、あえて口には出さなかった。多分、言っても無駄なのは目に見えているからだ。



「さて……と」



時刻は現在、夜の6時50分。花火が上がるまであとちょうど10分と言ったところだが、未だ栞里に連絡はつかない。



「さすがにここまで来ると心配になってくるな……まぁ、一人にだけはなるなって常日頃から強く言ってるから、おそらく大丈夫だとは思うけど」



それは、俺が小さいころから栞里に言い続けていた言葉だ。


――栞里の両親は二人とも、家にあまり帰ってこられない仕事に勤めている人たちだった。


かと言って家の事に全く関与しないわけではなく、暇さえあれば、例え少しでも栞里との時間を大切にする人たちでもあった。


しかしそれでも、学校から帰ってくると栞里は大抵一人だ。何故なら、栞里の両親が帰ってこられるのはいつも決まって早朝か休日だけだったから。


そうなると同じ年の子を持つ、隣の家に栞里の面倒を見てもらうように頼むのは……今思うと、ごくごく自然な流れだったのかもしれない。


「……マズいな。こんなことしてたら花火はじまっちまう。どこか栞里がいきそうな場所の見当は………」



ちなみにトイレと屋台の方はすでに探したが見つからなかった。


まぁ、これに関しては綾小路を責めるわけにもいかないので、今はこうして神社の周辺を探しているわけだが。



「ん? あそこに誰か……」



少し先の道で、小さくうずくまる影を見つけた。


しかし言ってから気づく。あれは栞里ではない。何故なら、その影は俺の背丈の半分ほどしかないと、遠目でも理解できるくらいに小柄だったからだ。



「ううっ……ひっく……」


「ほら、どこケガしたか言わないとわからない……ひっく、だろっ……」



一人は先に見つけた小柄な影だったが、それに隠れるようにしてもう一人いたようだ。


位置からして、浴衣姿の小さな女の子が俺が先に視認した方らしい。どうやらケガをしているらしく、さっきからうずくまったまま一向に顔を上げようとしない。


しかし、それはもう一人である浴衣姿の男の子も同じなようで。



「どうした? こんなところで二人して泣いてたら、花火も見れないし家にだって帰れないぞ?」


「え……?」



男の子が顔をあげて、不思議そうな顔で俺を見る。



「なんだ、二人そろってケガをしたのか。一人ならまだしも、二人となると連れて歩いた時点で不審に思われそうだしなぁ……」



変に問い詰められても困るし、ここは応急処置だけでなんとか頑張ってもらうしかない。


そう考えていると、いきなり男の子が涙をぬぐいながらすくっと立ち上がった。



「……僕はケガしてない。ケガしてるのは……えっと…」


「こっちの子だけか?」



頷く。



「オーケー、了解した。じゃあちょっと待ってろよ、今手当してやるから」



ポケットからばんそうこうを取り出してから、泣き止む気配のない女の子のケガの状態を確認する。


どうやら足に軽い擦り傷を負っただけのようだ。これなら大事ないだろう。







念のためすぐ近くの公園につれていき、水道で足を洗ってからばんそうこを貼ってやる。


女の子ももうその頃にはすっかり泣きやんでいて、最後に痛いの痛いの飛んでいけ的なおまじないをやってから、俺はすっかり元通りになった二人から再度話を聞くことにした。


なんでも花火を見るのに絶好の場所があるのを思い出して、そこに向かう途中だったらしい。で、急いで走った結果がこれ。小学生によくありがちな、わんぱくかつ無邪気な理由だなホント。



「まぁ、急ぎたい気持ちもわかるけど、こういう格好の時はやっぱある程度スピード考えないとな。せっかくの浴衣なんだ、着崩したりしたらもったいないだろ?」



うつむき加減に小さく頷く二人。


そして、最後に軽く足についた汚れを手で払ってあげてから、俺は二人を公園から見送った。


手をつないでゆっくり去っていく小さな二つの影。その光景にひどくデジャヴを感じるのは、きっと気のせいじゃなくて――昔、俺が実際に体験したものなんだろうって、なんとなくそんな確信があったりもして。



「……絶対に一人にはなるな、か」


「その言葉、また聞くはめになっちゃったね」


「え――?」

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