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背後からよく知った声が聞こえてきて驚く。


振り向くと、そこには片手に袋をぶら下げた幼なじみが笑顔を見せながら立っていた。



「匠ってば、そのばんそうこうを持ち歩いてる癖、まだ直ってないんだ? さすがのわたしも、もうそう簡単にケガなんかしないのになー」


「……癖っていうか、別に持ってても困らないからな。例えば今なんかがいい例だ。小さい子供の手当てをするっていう、最大限の人間の良識を発揮することができるなんて素敵で仕方ないだろ?」


「ん~確かにその通りかもしれないけど、それを自分で言っちゃうのはさすがにどうかって思……っていだだっ」



ほっぺたを一瞬だけ優しくつねってから、俺はあらためて栞里に向き直る。



「てかお前、今までずっとこの公園にいたのか? いくら電話かけても繋がらなかったし……最悪、そのまま帰ったんじゃないかって、一度家に戻ろうかとも思ったんだぞ」


「いたた……もう、さすがのわたしも匠一人置いて帰ったりはしないよー。ただ、ちょっと色々と間違えちゃったっていうか……」


「間違えた?」


「んーとね、まず最初に花火を見るのにいい場所があるのを思い出して、そこにもっていくための食べ物をいくつか買おうと思ったんだけど」



ぶらさげた袋を持ち上げて栞里は言う。



「ただあんまり買いすぎると食べきれないだろうから、とりあえずいくつか厳選したんだけど、それを買いにいく過程で自分が元いた場所がわからなくなっちゃって。で、どうせ迷うなら先に目的地に行っておいた方が匠と合流できると思って、こうして公園でずっと待機していたというわけなのです」


「ちょっと待て。もし俺がその目的地とやらに当てがなかったらどうするつもりだったんだ?」


「……」


「考えなしかい」



ツッコむ。しかし、いつものキレはやはりそこにはない。



「……でもまぁ、その上で見つかったのはまさに運が良かったとしか言いようがないな。いくら見当なしで歩いていたとはいえ、こうして合流することができて本当にホッとし……」


「ううん、それは違うよ」


「へ?」


「だって匠がここに来るのは、最初からわかってたことだもん」



……俺はポカーンとする。


栞里が一瞬何を言ってるのか、咄嗟には理解できなかったからだ。



「なーんてね! 本当はただの偶然なんだけどね。そんな予言みたいなことができたら、最初から苦労しないよ」



栞里は下駄で足元の石を蹴り飛ばし、浴衣を揺らしながら、



「でもこうして匠が来てくれたってことは、結果としてわたしのその予言は当たったってことでもあるよね? だったらそれでいいんじゃないかな。何事も結果が全てだよ、うん、気にしない気にしない」


「……はぁ」



全くこいつってやつは……本当に毎度毎度……。



「でも偶然とはいえ、またこうして二人でここに来ることができてホントに嬉しいよ。……昔はいつもここでよく遊んでたよね? 家から少し遠いのに……今思えば、よくあれだけの距離をほぼ毎日通ってたなーって思うよ」



……あの頃。俺と栞里はお隣さんとしての付き合いをはじめたばかりだったから、またお互いの距離を上手く計れないでいた。


その上で何か仲良くなれるきっかけが欲しいと子供ながらに思った俺は、自分の世界に栞里を誘うことで、その距離を必死に詰めようとしたのだ。


自分の世界とは、すなわち自分のやりたい事と同義だ。幼い頃はそういった方法でしか、相手との距離を変えることができないとも思っていたから。



「……あの頃はそれだけ元気が有り余ってたってことだろ。栞里はインドア派だったから、外で遊びたがる俺についていくのは大変だっただろうけどな。ケガだってしょっちゅうだったし」


「ううん、わたしもすごく楽しかったから。それにもしあの時、匠がわたしを「一人になるな」って言って外に連れ出してくれなかったら……きっと今ここにいる自分は、違う自分になっちゃってただろうし」



──違う自分。


冗談が通じなくて、マイペースで、たまに思い込みが激しくて。


もしそんな栞里と違う栞里を見せられたら俺は……果たしてそれを受け入れることができるのだろうか。



「……いや、関係ないか」


「どうしたの匠? そんな坂ノ尻公園と今いるこの坂ノ上公園を間違えたような顔して」


「なんだ? もしかして入学式の時の坂ノ尻事件をまた思い出させようとしてるのかお前は?」


「まさかあんなところに同じような名前の公園があるなんて思わなかったよね。あの時はじめて知った公園だったけど、また今度遅刻してない時にでもいってみたいね」


「……山道は通学の時だけで勘弁してほしいけどな」



ふと携帯を開くと、明るいデジタル表記の数字がまた一つ変わったのを確認した。


時刻は18時59分。あと一分で今日のそもそもの目的は完了する。


しかし、そこで思い出したように、いつの間にか出来上がっていた今日の目的その2をなんとなく遂行しようとする俺は、やはりいつもと少し勝手が違ったのだ。



「なぁ栞里」


「うん? どうかした匠? あと少しで花火はじまるし、今のうちにさっき買ったたこ焼き食べよー?」


「……」



相手に聞く気のない時は黙っていたほうがいい。


この場面で、まさか最初に挙げた名言を律儀に守ることになるなんて……。



「夏休みの宿題、帰ったらうつさせてくれ」


「ごめん、わたしもまだ手つけてないんだ~」



ああ。


こういうところだけは、相変わらずいつも通りなのだ。

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