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「やはり人の往来がいつもより激しいな。時間帯的に主婦の方が多いのだろう――いつもは少し廃れている商店街が、今はあの頃の賑わいを思い起こすかのようだ」
昔を懐かしむように、綾小路は悟ったような目で商店街を見やる。
「シャッター商店街という言葉が過去の言葉になろうとしている今、こうしてある程度の賑わいを見せているのは僕としても非常に喜ばしいことだ。便利なものが先立ち、それ以外の情緒を含むものは全て端に追いやられる。僕はね――そんな現代のあり方に疑問を感じているのさ。未来に残すものとそうでないものとの区別を、もう少し考えてもいいんじゃないかってね」
「いや、確かにそれはわかるけど、お前何歳だよ」
最初は話半分に聞くつもりだったが、我慢できずにツッコんでしまった。なんかもうこの習慣は元に戻せない気がしてならない。
とりあえず商店街を端から端まで歩くことにした俺たちは、道中に連なる店の一つ一つに目を向ける。
普段は駅前から街に出ることが多いが(最近は栞里と出かけるまでそれもなかったけど)、昔ながらの商店街もたまに来るといいもんだ。それほど規模の大きくないスーパーにも比較的、人が入ってるみたいだし。
綾小路が言ったみたいに、おそらく時間帯も影響してるんだとは思うけど。
「む、あれを見たまえわが親友よ」
そう言って綾小路が指さした先には、もはや営業してるのかどうかさえわからない、看板がサビにまみれたラーメン屋らしきものがあった。
「やはり学生たるもの、帰り道で食べるものはがっつりしたものでないといけない。そう考えるとラーメンなんかはまさにドンピシャだ。まぁ、肉体的には少し危険信号ではあるのだが」
「やっぱりお前、食べる物とかにも普段から気使ってるのか? でも学校とかだと、時たま普通に弁当食ってるよな。炭水化物なんかも入ってるし」
それでも、プロテインバーを食べてる光景の方が多い気がしてならないが。
「ああ、あれは栄養バランスを考えに考え抜いたお弁当だからね。一見ご飯に見えるのも、おからをそれっぽくアレンジしたものなんだよ。地味ながらも手間がかかっているんだよこれが」
「そこ手間かけるとこなの? 力入れる部分、色々と間違ってないそれ?」
綾小路は次に、その数件隣にある駄菓子屋らしき店に目を向ける。
らしき、というのは本当に営業してるかどうかわからなかったからだ。主に建物の廃れ具合的な意味で。
「あそこは昔からある駄菓子屋でね。店主のおばあさんがいつも奥に座っていて、買い物をする時は声を出して気づかせないといけないのだが……それは今も変わらず、あの店の恒例として続いている。さっきの話ではないが、僕にはそれがとても安心して思えるのさ。今も未来に残るものとしてね」
それは未来に残す以前に、早々に改善しないといけない事だと思います。
しかしまぁ……ああいった風情のある店だと、万引きとかそういうのは滅多に起こらないのかもしれない。
当たり前のようにそこにあるものは、目に見えるただの風景として固定されがちだ。
それは幼い頃の思い出なんかがそうだ。俺の場合はあの公園なんかがそうだが、綾小路の場合は、この駄菓子屋がそうなのかもしれない。
いつもそこにあって、そこにしかないもの。
当然のようにそこにあるからこそ、誰も特別視しない。だけど、いつも足を向けていた……そんな子供の頃の遠い思い出だ。
「まぁ実を言うと、この歳になってからのお目当てはあの入り口にあるガチャガチャだったりするのだが。得体のしれない物の探求というのは、男子〈おのこ〉ならば誰もが抱く、未来永劫の命題だからね」
おい、俺のモノローグ返せよ。
綾小路はおもむろに店に近づくと、黒一色に白い線で『謎』とだけ書かれた怪しさ全開のガチャガチャをコインを入れて回した。
そこに何が入っていたのかは、カプセルを開けた後の綾小路の表情で察するしかなかったが、とりあえず、綾小路の指の隙間から漏れ出ていたドロリとしたものは見なかったことにしたい。
▽
そうやって端から端まで大体の店を見て回った後、再び商店街の入り口まで戻ってきた。
昼飯を食べる事を目的としてここまできたのはいいが、結局これといってめぼしい店は見つからなかった。
いや……厳密には、開いてる店そのものがあまりなかった、と言えばいいのだろうか。
最初のラーメン屋はともかく、その他も14時からしか営業しない定食屋とか、『今日は調子が悪いので臨時休業にします』なんて堂々と紙が貼ってあるカフェなんかもあった。
なんなの? ここの商店街の人はみんな自由人なの? それとも商店街って基本こんなもんなのか?
「ふむぅ……まさかこうも店が見つからないとは。やはり時代の流れというのは悲しいものだね。昔ながらの情緒のある店からどんどん消えていくこの悲しさ……とても言葉では言い表せないよ」
「それ以前に、色々と問題があった気がするが……まぁいいや。で、どうする? 正直、俺はもうどこの店でもいいって思ってるんだけど。ただし最初のラーメン屋以外で」
それなら……と綾小路は考えをまとめた結果を、俺に向けて言い放った。
「クレープにしよう。あそこのスーパーの隣にあるクレープ屋は、とてもおいしい事で有名なんだ。まぁ、僕は一度も足を運んだことはないのだがね」
完全にデザートだった。
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