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「……」


「どうだ、中々においしいだろう? 僕も食べるのは今日は初めてだが驚いたよ。まさか、こんなにも美味なスイーツを扱っている店が近くにあろうとは」



クレープ屋のすぐ横の壁にもたれかかりながら、クレープをほおばる男子高校生二人。


あまりにもファンシーすぎる。とてもじゃないが、クラスメイトには見せられない図だ。



「このクレープ生地のふんわり感、そしてレタスのみずみずしさとツナのコク……それらが合わさった今、もはや僕の前に敵は一人もいないと言っても過言ではない! ふはははははは! うまい! うまいぞぉっ!」


「黙って食べなさい、お行儀悪いでしょ」



だが、たとえ羞恥のリスクを背負うのだとしても、あのラーメン屋だけは絶対入りたくなかった。


汚い店ほど実は美味い法則は、実際経験しようとすると、とても勇気がいる物だと思い知らされる。ならこうして、クレープだのなんだの食べてる方が気持ち的にはいくぶんマシだ。


ちなみに俺が頼んだのはごく普通のチョコクレープで、中に余計な具が入っていない分、直に甘さが伝わってきて脳が喜びに打ち震えている気がした。


そしてさっきから喉が渇いて仕方ない。



「……」



クレープ片手に壁にももたれかかったまま、道行く人たちを眺める。


俺たちの方を気にする人は、当然だがほぼいないに等しい。


スーパーで昼……いや、あるいはすでに夕飯の買い物を済ましている人も中にはいるのかもしれない。両手いっぱいに袋を持って、家路を急ぐ主婦の姿や、他にも老若男女問わず、多種多様の人が歩く姿が見える。


……そういえば俺たちは今日が終業式だったわけだが、もうとっくに冬休みに入ってる学校もあるのかもな。


現にここに来た時より、人の流れは多くなってきているように思えるし。暇を持て余した俺たちのような学生が、私服姿でどこかに遊びに出かけたりなんかして、年に数回ある大型連休のうちの一つを大いに楽しんでいたりするのだろう。



「……冬休み、か」


「冬休みはどこかに遊びに行きたいものだな」


「え?」



ツナのマヨネーズ抜きという、炭水化物がもはや生地部分にしかないクレープを口にしながら、綾小路が唐突に言った。



「実は僕は、夏休みより冬休みの方が、休みとしての密度が濃いと思っているんだ。クリスマスや大晦日、そして正月……そうした区切りとしてのイベントで、冬という四季の最後を駆け抜ける。それはとても素晴らしいことだと僕はそう思うわけさ。日本特有の文化や世界の習慣、それらが合わさって、今の行事が生まれているわけだしね」


「……そうだな。それにクリスマスとかもそうだけど、正月なんかも国によって過ごし方が全然違うみたいだしな。まぁ俺からすると、正月に寝る以外の行事があるなんて想像もできないけど」


「他にも滝に当たる、寒中水泳をしに行く、なんていうのもあるね。毎年、そのために遠方まで出ているが、お正月の恒例として、これらはいつまでも廃らずにいてほしいものだ」


「いや、それは多分、お前の中だけで恒例になってる行事だと思う」



それに俺の寝るだけってのもおかしいだろ。


どうして俺の周りには、ツッコミ役がこうも少ないんだろうか?



「で、冬休みの話を持ち出したということは……君も冬休みにはどこか出かけるつもりでいるのかい?」



そう言って綾小路はクレープが包んである紙を少し開けつつ、再びあらわになった生地部分を口いっぱいにほおばった。



「……いんや、今のところ全くそういった予定はないな。そりゃあ、初詣くらいは行くと思うけど、それ以外は基本、家で大人しくしてると思うし」


「もぐもぐ……でも君は、冬休みに入ったらどこかに遊びに行くスケジュールを立てていたのではなかったのかい? 栞里さんがそのような事を言っていたが」


「あ? なんだそれ? 全く心当たりがないん……」



……あれ、でもちょっと待てよ?


なんか……心当たりがないようであるような……。


ここ最近、そんな感じの事を、誰かに向けて言ったような気がしてならな……




【……ほら、もう少ししたら冬休みだろ? だから綾小路と、冬休みに入ってからのスケジュールを話してたんだ。せっかくだし、色々遊びに行きたいしな】


【匠、冬休みは綾小路くんと二人でどっかいくの?】


【は? そんなわけないだろ】




「……」



言ってた。うん、確かにそう言ってた。



「栞里さんが嬉しそうに僕に話してきてね。『普段は家にいる事の多い匠が、まさか誰かと一緒に出かけようとするなんてすごく驚いた』、と」


「……まぁ、確かに……俺の方から誰かと遊びにいくだなんて、最近は全然なかったことだけど……」



でも、その後の会話の流れの通り……あれは俺が、栞里の事を綾小路に相談したのを隠すための嘘だったはずだ。


そのあとすぐ俺は話を切り替えたから、てっきり栞里の方も、俺の言った事を嘘と認識してると思っていたんだけど……。



「しかし、栞里さんとは普段から休みの日もどこか出かけたりしているのだろう? この前の買い物の一件から、そうした機会も前より増して多くなったと、君もそう言ってたじゃないか」


「栞里とは、な。けど栞里が言ってるのは、多分そういうことじゃなくて……自分以外の誰かと、って事なんだと思う。それにしたって、驚いたってのはさすがに失礼な話だけど」



手の熱で溶けてしまい、生地を伝うようにして重力に身を任せるクリームを舌で舐めとる。


……あの買い物の一件で、俺は栞里との距離感が限りなく今までと近いところまで改善したと、自分ではそう思っている。


それは元に戻る、とまではいかずとも、むしろそれによって、つかず離れずのちょうどいい距離感に変わったと言っていい。


まるで度の強い眼鏡をかけた時みたいにぼやけていた栞里との距離感が、今はこうして、栞里がいないことを事前に本人から聞いておけるぐらいまでになっている。少し前は、そういうやり取りすら難しいくらい重症だったし。


そう考えると……たとえ勘違いだとしても、俺のアウトドア傾向を栞里が嬉しく思うというのは、すごくいい事だとは思うんだけど。



「ふむ……だとすると君は、今まで栞里さん以外の誰かと遊びに出かけたことがないのか? これまで一度も?」


「いや、さすがに一度もって事はない。さっきも言ったけど、最近はめっきりなくなったってだけだ。それに今もこうして、帰りにお前と出かけてるだろ」



ふふっ……とか漏らしながら、綾小路は戦いを終えて満足したのち、霧状になって消滅していくラスボスのような表情をした。なんだこいつ、何故だかすごくビンタしたい。

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