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「……さて、そんじゃどうするかな……」



上半身裸の変態が去り、栞里と二人残されたところで、俺は次に何をしようかを考えた。


考えただけで、それ以外に特に進展はなかったけど。



「んー、時間的にそろそろお父さんとお母さん来ちゃうかも……というかもう来てるかもしんない」



そうだ。栞里の両親が文化祭に来るから、栞里の休憩時間が終わる前に合流しないといけないんだった。綾小路との遭遇ですっかり忘れてしまっていたけれど。



「ねぇ匠、ひとつ頼みがあるんだけどいいかな?」


「頼みって?」



目線を落として、少しだけ不安そうな顔で栞里は言う。



「実は……お父さんとお母さん、多分携帯の電池切れちゃってるんだよね。さっき匠と会う前に両方電話してみたんだけど繋がらなくって。普段からそういった面で抜けてる人たちだし、心配ないとは思うんだけど。でも不安ではあるから、一応、匠の方から電話してみてくれない?」


「でも電話って……どちらにしろ電源がついてないんなら、俺から電話しても意味ないんじゃ……」


「ううん、電話するのはわたしのお父さんとお母さんじゃなくて」



ぴっ、と俺の鼻先を指差す。



「匠のお母さん」



……栞里いわく。


栞里のお袋さんと親父さんは、俺の母親と一緒に文化祭に来るという旨の電話を、どうやら今朝のうちに栞里にしてきたらしい。


だからもし、本当に一緒にいるなら、俺の母親に電話をすれば栞里の両親にも連絡がつくということだ。


というか……栞里が自分の両親が来ることを俺に話さなかったのは、本当に来るという確証がないという理由で納得できるとして。確証を得た段階で、俺の母親がその事を俺に話さなかったのは、とにもかくにも納得がいかなかった。今朝、普通に俺のこと見送ってたのに。


ああでも、今思い返すと……見送りの時に、なんか含み笑い的なものを浮かべていたような気がしないでもないような……!



「で、どうだった?」


「……ん、今一緒に学校向かってるって。本当に心配することなくて、とりあえずよかったよかった」



電話を終えて、ひとまず安心していい旨を栞里に伝える。


そうして栞里はたまっていた緊張をため息として吐き終えると、最初に会った階段のところと同じように、再びその場でそわそわし始めた。



「……まぁ、ひとまずしないといけない心配はなくなったとして……今度は当初の不安要素を潰さないといけないわけか」


「当初の不安要素ってなんだい?」



ぬっ、と気配もなく背後から現れた変態に、俺は盛大に後ずさった。



「うわっ!? なんでまたお前いんの!? 文化祭見て回るんじゃなかったのか!?」


「いや、この階はひとまず端まで見てきたよ。しかし、僕の興味を引くようなものは残念だが皆無だったのでね、こうしてスタート地点に舞い戻ってきたというわけさ」


「なんで舞い戻ってきちゃうんだよ……」



そんな帰巣本能はいらん。



「で、不安要素というのは一体なんのことなんだい? もし僕でよければ力になるが」


「うん、あのね……」



そうしてぽつぽつと、栞里は綾小路に事情を話し始める。


話を聞き終えると、綾小路はふぅむ、と一つうなって、



「なるほど……それは確かにそう思ってしまうのも無理はない。普段、仕事であまり家にいないご両親がこうして自分の文化祭に来てくれるのだ。そこで妙な姿を見せたくないというのは、おそらく誰しもが抱く感情に違いないだろうからね」



説明した栞里に対して、存外、真面目に言葉を返す綾小路。


言葉だけ聞いていればすごくいいやつっぽいのだが、その無駄に鍛え抜かれた上半身からは、やはり変態という一言しか浮かばなかった。外見からただようイメージってホント怖いね。



「よし、ならば僕にいい考えがある。栞里さん、マイブラザー。今日は二人とも、そのままクラスに戻らないで文化祭を楽しみたまえ。そうすれば、今日は一日中、ご両親の相手ができるだろう?」


「え? でもそれだと人手が足りなくなっちゃうんじゃ……綾小路くんだって、さっき、わたし達が抜けたから忙しくなってるって……」


「ああ、だから……」



そう言う栞里に、綾小路は一度目を閉じたあと、迷いのない表情を浮かべながら、



「その穴は僕一人で埋めるから心配はいらない」



俺たちの目を見て言い切った。


……こんなことを口に出さずに思うのもあれだが、やはり心の中で思うだけにしようと、俺はその時そんな風に思った。


格好はともかく……やはりこいつは、ものすごくいいやつなのである――。

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