13

そいつが今まで単に外に出なかっただけだと気づいたのは、俺が彼女を外に連れ出して、数日が経過した頃だった。


外に出るのが好きじゃないやつというのは、主に2パターンに分かれる。


ひとつは、活発に動くのがあまり得意じゃないから。もうひとつは、外に出たくても出れない理由があるから。


そして彼女の場合、それは後者だとすぐに気づいた。何故なら彼女は、俺の後をついて来る時に、少しも嫌な顔をしなかったからだ。


近所と言うには少し遠い公園に二人で向かっているときも。その公園で、何人かをまじえて鬼ごっこをした時も。


彼女――栞里はいつも笑っていて。そしてそれが本当の笑顔だとすぐにわかってしまうぐらい、そこには彼女の本質が、まるで水面に映る青空のように、はっきりと表れていた。



『……お前さ、どうして今まで外に出ようとしなかったんだ?』


『え?』



どうしても気になって口から出てしまった俺の疑問に、栞里は少し考えるような顔をして、



『それで十分だと思ってた……から?』



……その言葉は、当時の俺にはよくわからない言葉だった。


十分っていうのは、お腹いっぱいとかそういう事なのか? とか。せいぜい、それぐらいの認識。


まぁ、実際にはその認識で構わないと言い切れるくらい……その言葉にさして重苦しい理由なんてのはなかったんだけど。


ともかく俺が栞里と遊ぶようになってから、栞里はどんどん、本当の自分というものを表面上に出すようになっていった。


その筆頭が、たまに出る隠れた活発さで。そして次に浮き出た彼女の本質は……根っからのインドア派という、元々、隠れてもいない部分だった。



『それなに読んでるんだ?』


『んー? えっとねー、本!』


『それはわかるけど……どんな内容の?』


『すごくおもしろいの。今度貸してあげるね、とにかくすごくおもしろいから!』


『……』



結局、本の内容がわからないまま、強制的に貸す約束を取り付けられ、俺はそれ以上、何も言葉を返すことができなかった。


外で遊ぶことが実は好きで、家にいるのも本当に好き。


そんなしっかりとした『自分』がある彼女は、きっと今まで、その両方を表に出すきっかけがなかっただけなのだろう。


そして、もしそのきっかけが俺だとしたら。


栞里がマイペースなのも。なんの本を貸されるかわからないからその準備として、俺がことわざ辞典や世界の名言集やらを子供ながらに読み漁ったのも――全部、なんだかんだ許せる気がする。


いやきっと、とうに全部、許す前に受け入れてしまってるんだ。


俺は、栞里と一緒にいるということが何よりも大事で。当たり前の習慣のようになっていて。


栞里がそこにいない、なんていうのは……自分の中ではもう、少しも頭によぎることのない考えになってしまっているのだから――。







「……」



目を開けると、いつもの自分の部屋があった。


部屋の中は、暗闇とほんの少しの月明かりに照らされていて、それで今が夜だということを理解する。



「しまった、帰ってすぐ寝ちゃってたのか。ベッドに倒れ込んだまでの記憶はあるんだけど……」



そこから先の記憶がない。


……そんなに疲れてたのか俺。単に学校帰りにクレープ食べただけなんだけどな。


綾小路と一緒に。



「……ああ、そりゃ疲れても仕方ないわな」



おまけに、最後になんか妙な約束までしちまったし。


別に普通に遊ぶ分には全然かまわないんだが、それがどこかに出かけるといった話になってしまったのは、果たして何故なのだろうか。



「ん? メールが三件も……?」



枕もとにあるスマホをタップして、メールを確認する。


一通目は綾小路から。


表示されている時間的に、おそらく俺が帰ってきてすぐに送られてきたものだろう。



『自転車で日本列島一周なんかはどうだろう? ふたりの冬のいい思い出になると思うのだが』



「……いや死ぬわっ。いい思い出以前に、自分が誰かの思い出の中に消えるわっ」



でも綾小路の事だ……きっと本気でそう考えて送ってきているに違いない。


却下、と一言だけ書いて送ってから、次のメールを開く。お袋からだった。



『今日は少し遅くなるから先にシャワー浴びてていいよ(^^)』



「……何故にシャワー?」



そこは普通に風呂でいいだろ。ほんと相変わらずよくわからん母親だな。


てか俺の周りには、もう少しまともなメールを送るやつはいないのか。



「ん? もう一件もお袋から……?」



呆れ気味にメールを開くと、



『そういえば、栞里ちゃんからご飯作っとくって連絡きてたよ。机の上に置いてあるからチンして食べてって』



と最低限伝えるべきことが、そこには淡々と文章として並んでいた。



「……ふむ」



栞里からお袋にそんな連絡が?


机の上に置いてあるってことは、栞里は俺が寝ている間に、いつも通り家に来て夕飯を作ってくれたという事だろう。



「もしかして今日は、親父さんとお袋さんが帰ってくる日だったのか?」



窓を開けて、栞里の家を見やる。


一階に電気がついていて、かすかにだが、いくつもの聞きなれた声が風と共に流れてくる。


間違いない。あれは栞里――それから栞里の親父さんとお袋さんの声だ。



「……今日で学校も終わりだったから、もしかしたらタイミング合わせたのかもな。ここ最近は、忙しいからあまり帰ってこれないとも聞いていたし」



ああ、なるほど。だから今日は、昼は自分でなんとかしてねって言ってきたのか。


先に帰ったのも、今日は二人が帰ってきてるから、急いで帰りたかったと。


でも、それなら事前に言ってくれればよかったのにな。そしたら昼飯のついでに夕飯を買っておくこともできたし、わざわざ栞里に手間かけさせることもなかったのに。


どちらにしろ、綾小路の介入は回避できなかった気がするが。



「まぁでも、作ってくれたのなら……ここはありがたくいただかせてもらいます、っと」



いつもと同じくさりげない感謝の念を込めて、俺は栞里の作ってくれた夕飯を食べに階段を下りていった。

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