14

夕飯を食べ終え、ソファーに寝転がりながらテレビのチャンネルをいじる。



「……ふぅ」



そしてすぐにため息をついて、リモコンを机に置いた。


それは面白い番組がやっていないから出たため息ではなく、かといってお袋が遅いからその寂しさで出たため息でもない。



「……明日から何しよう」



そう、それだ。


……それ、なんだけど。



「どこかに出かける……か」



綾小路が話していた件。


……さっきは自転車で日本一周とか書いてあったから即行却下と言ってやったが、そこまでハードじゃなければどこだっていい。


けど、それだけじゃない。それだけじゃないというのは、出かけるのとは別に、なにか頭を悩ませていることが今の俺にはあるんだと。



「あいつとどこかに……幼なじみとしてじゃなく……」



はっ!?


なんだ!? 今、俺は何を言おうとしてたんだ!?



「……」



ふと頭の中に、ここ最近見た夢の内容が思い浮かぶ。


それは、俺が栞里とはじめて会ってからの出来事。


普通、夢なら多少はねつ造やら誇張やらが発生するもんだが、その夢には嘘偽りない、100パーセントの事実しかなかった。


それはつまり、それだけ俺にとって栞里との出会いは劇的で、そして忘れがたい思い出だという事で。



「……あー、だめだ。やっぱり、どうしようもないな俺」



くしゃくしゃと、自分の髪をかき乱す。


最近は栞里のお袋さんと親父さんの仕事が忙しくて、栞里自身もこっちにいることが多くなってたけど……こうやって一人になると、やっぱりという思いが表に浮き出てきてしまう。



「けど、結果うんぬんはともかく……もし本当にそうなったとしたら。この関係も、そこで終わっちまうってことだよな」



それは当然だ。


たとえ結果がどうなろうと、今の俺たちの距離感、これまで培ってきた幼なじみって関係は、俺が行動を起こしたその瞬間に無くなってしまう。


でも――だとしても。


俺はその変化を望んでいて。この気持ちを、やっぱり『今はそれで十分だ』なんて言い訳で塗りつぶしたくなかった。



「……よし、決めた。俺は――栞里に、この気持ちを伝える」



距離感をはかり直すことに成功した、あの買い物から数週間。


言葉に言葉を重ねない、そうした十分な意思疎通〈やりとり〉を前以上に心地よく思えてしまってる現状で……そのまま停滞、なんて選択肢は、俺の中にはすでに存在しなかった――。






それからしばらくの間、冬休みは特に例年と変わらないまま過ぎていった。


クリスマスイブは栞里と一緒に、いつもと変わらない時間を過ごした。


唯一違うところと言えば、料理と居間がクリスマス仕様になっていたことぐらい。


そしてクリスマス当日になると、栞里の両親――それから俺の母親も参加してきて、家族ぐるみで、平凡だが幸せなクリスマスを堪能した。



「それにしても、クリスマスに家族そろっていられるなんてほんと久しぶりだなぁ……。匠のおばさんも今日は早く帰ってこられてよかったね、みんなで集まるなんて文化祭の時以来じゃない?」



ひと段落して親連中の団らんがはじまった頃、俺の部屋に一緒に避難してきた栞里が感慨深そうに言った。



「前は全員が揃うこと自体、なかなか無いことだったのにな。最近は栞里のお袋さんも親父さんも、頻繁に帰ってこれてるみたいだし……もしかして仕事が順調なのか?」


「今はそういう時期みたい。忙しかったら、逆に家に帰ってこれないだろうし。調整というか……うん、とにかくそういう感じだと思う」


「調整ね……まぁ、俺の母親はそういうのとは関係なさそうだけど。毎年、クリスマスは早く帰らせろ! って交渉して、今年はたまたまオーケーもらえたって言ってたし。ほんと、そういうところは堂々としてるっていうか……」


「……」


「ん? どうかしたか?」


「んーん、なんでもない。今年も末永くよろしくお願いします、たくみ。あ、お年玉はいらないからね?」


「……それを言うには、まだあと一週間ほど早いぞ?」


「――うんっ、冗談」


(……なんだその笑顔。いつもは自分から冗談なんて言わないくせに)



冗談が通じなくて、マイペースで、たまに思い込みが激しくて。


見せる笑顔は、いつも本当の笑顔。事実しかない笑顔。


それが俺の知る栞里の全てだ。だからこそ、俺はその全てを理解したうえで、栞里のことが好きだと胸を張って言える。


この気持ちを言葉に出すことを、もう躊躇しない。あとはタイミングだけ。


そして、その瞬間が訪れるのは、きっとそう遠くない――




と――俺はそう思っていた。

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