15

――年末、12月31日。


夜の遅い時間帯にもかかわらず、境内はまるで祭りのような賑わいを見せている。



「……ふぅ」



人々の雑踏であふれる中、来たる待ち人に備え、俺は緊張とともに二酸化炭素をおおきく肺から吐き出した。


白い空気の模様が、空に向かって天高く上がっていく。



「さむいな……」



否――それは紛れもなく祭りだった。


人の集まりと熱気に直に触れ、その中で振袖を着る女の人なんてのを見た時には、どうあってもこの31日という日に特別感を抱かざるをえない。



(去年の初詣は、買い物行ったついでに済ませたんだっけ……つくづく罰当たりだよなぁ、俺も)



これから来るのは、俺のよく知る相手だ。


よく知りすぎていて、けれど、ただひとつの気持ちを伝えたい相手。


そんな相手をこうして先に来て待つのは、これで何度目になるだろうか。


夏祭りにこの神社に来た時もそうだったし、ついこの間は俺が早く駅前に着きすぎたせいで、30分も早く来たあいつを逆に待つことになった。



(小さい頃は、相手のことなんかお構いなしって感じだったのに。それだけ当たり前で……それだけ俺は、あいつとの関係を大事に思ってたってことか)



でも、今はその考えが何よりも大事だ。


自分からいかなくても、いつも相手の方から来てくれるなんて考えは、この際捨ててしまった方がいい。


あの頃と同じように。俺は今一度、栞里にむけて――自分からこの手を差し出さなきゃいけない。



「匠?」


「……おっす」



そしてなんの前ふりもなく現れた幼なじみは、振袖じゃない、かといって夏の時のような浴衣姿でもない、普段通りの私服姿だった。



「おっす。……って、どうしてそんな軽い風? もしかして待った?」


「いんや、全然待ってない。むしろ今来たばかりだ」


「ねぇ、手袋とって手出してみて?」


「ん」


「……つめたいね」


「いや、それは気のせいだ。むしろあったかいからこそ、周りとの温度差でそう思えてしまうだけなんだ」


「もー、なに言ってるの? 今の匠の手の中なら、アイスクリームも溶けずに保存出来ちゃいそうだよ」



呆れたように栞里は笑う。



「はい」


「これは?」


「見てわからない? 缶コーヒーだよ。あ、それか手冷たすぎて、もしかして感覚なくなってたりする?」


「……」



少し大きい手袋ごしに渡されたその缶コーヒーは、手に持つだけで、ゆっくりと温かさが身に染みていって。


俺は飲んでもいないうちから、全身が温かさで満ち溢れるような――そんな感覚を味わったのだった。







――時間は戻って早朝。


なにもすることがなく、自分の部屋で文字通りごろごろしていた俺の元に、なんの前触れもなく、いきなり見慣れない番号から着信が入った。



「あ? なんだこの番号……見たことないけど……」



こういう時は出ないのが一番だが、興味心が勝ってしまい、気づけば俺の指は着信ボタンを捉えていた。



「もしもし……?」


『――親友よ、どこに出かけるかがようやく決まったぞ』



初詣だ、というその続く声に、俺はしばし呆然とすると、



「お、おう」



まるで音を出すだけのような相づちを打った。


電話に出る前の緊張感は、すでにどこかに飛んで無くなっていた。そしてほんの少し、俺は電話に出たことを後悔したのだった。


本当にほんの少しだが。







『本当は、もっとちゃんとしたプランを立てたかったのだがな……なれてないうちから変に遠出したりすると、失敗する未来しか見えてこないと僕はそう確信したわけだ。背伸びをするのも時には大事だが、実践しようとすると途端、それは自分にも相手にも気をつかうはめになる。そうなってしまうと本末転倒だろう? であるからにして、まずは舞台からして気をつかわないようにしようと、僕はそう思ったわけなのだが……わが親友よ? ちゃんと聞いているか?』


「……いや、なんつ-か」


『ん?』


「電話の相手がお前だってちゃんと理解してるのに、目の前にいないと、ただの普通の友達に思えてきて今軽く動揺してる」


『何を言ってるんだ、僕たちは普通の友達だろう? 友達という枠を超えた、普通の親友だ』



普通ってなんだろう。俺にはもうよくわかんなくなってきたよ。

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