16

「……ていうか、もう年末なんだよな」


『そうだが……あらためてそんな事を確認して、いったいどうしたというんだい?』


「なんか結局……これといって、いつもと代わり映えしない休みだったなって思って」


『ふむ……?』



綾小路と電話をはじめてからしばらくして、俺はふいにそんな事をぼやく。


栞里に気持ちを伝えようと決心したのは学校最終日だから、あれからもう、かれこれ一週間が経過してるわけだ。


だというのに……未だ俺は、栞里にそれを話せずにいるわけで。



『代わり映えのしない、か。……とすると君はこの休みの間、栞里さんとどこか出かけたりはしなかったと?』


「ああ、買い物とかにもあんまり行かなかった。あんまりってだけで、全然なかったわけじゃないけど」


『もしかしてケンカでも……』


「まさか。今は冬休みだから、お互い自分の家族と過ごすのが多いってだけだよ。ケンカする時なんて、猫と犬どっちが好きとか、俺が言うこと全部、冗談じゃなくて本気で受け取るのどうにかしろとか、そんなしょうもない理由ばっかりだし」



最近の栞里は、お袋がいない時はこっちの家、いる時は自分の家ってのをローテーションしてるからな。それで言うタイミングが掴みづらいっていうのもある。


それになにより、栞里の両親が家にいる今、栞里には、二人と過ごす方に頭を回してもらいたい。余計な事を言って、あたふたさせるのもあれだし。



『ふむ。ならば僕が提案した初詣というのも、むしろ良い選択だったということなのだろうか。もし君がこの休み中に、栞里さんと関係を進展させていたら、多少背伸びをしてでも遠出をしたほうがよかっただろうが……』



綾小路は含むような物言いで、いきなりそんな事をつぶやく。



『僕はね、言葉足らずだったんじゃないかって今では少し後悔してるんだ。あの時、もう少し直接的に言えば、もしかしたら君も行動を起こせたのかもしれないのに……と』


「……? なんだ、いきなりなんの話だ?」


『誘うのが今日になったのも、もし君が僕の後押しなしに行動を起こせていたら、もはやその必要はないと思っていたからなんだ。……だが……今では誘ってよかったとそう思ってるよ。なにも進展していない今、変に背伸びをしない初詣という舞台は最適だからね。僕は途中で抜け出すから、あとは栞里さんと二人、伝えたいことを伝え合うといい』


「おい、なにひとりで納得して話進めてんだよ。俺にもわかるように話せって」


『そうだね……まぁ、バレてしまったものは仕方ないから、もはや話しても支障はないだろう』



バレたっていうか、自分から色々話し始めたんだろ。


なんてツッコむと、また話が脱線しそうだったので、俺はくしゃみを我慢するみたく、口を強く一文字に結ぶ。


今確信した。おそらく今後、こいつとつきあっていく中で、俺がボケ側にまわることは一度としてない。



『冬休み前日、僕ともどこかに出かけよう、と君にそう言ったのを覚えているだろうか?』


「ああ」


『あの話はね……実は僕の遠回しのアドバイスのつもりだったんだ。君が栞里さんを連れて、二人でどこかに出かけるためのね』


「ああ。…………え?」


『いや、二人で、というのは希望的観測だった。それにそれは僕の考えに君が気づいたうえで、その報告を僕にしてくるのが前提条件だったからね。……それがなかったからこそ、僕はこうして君を初詣に誘った。報告のないまま、勝手に二人で出かけてくれるならそれが一番だが、何に対しても誠実な君はそんなことはしないだろう。借り物競争で僕のブリーフを借りたあの時のように。君は何事に対しても誠実に、そして真剣に向き合う、そういう人柄だからだ』


「……」



いや……あのブリーフの件に関しては、誠実とは少し違う気がするんだけど……。



『ともかくそんなわけでね、君に遊びに出かける話を持ち出したのはそういう思惑があったからなんだ。君が『誰かと出かけるかもしれない』、という話を事前に栞里さんから聞いていたのは本当だけどね。それを利用させてもらったというわけさ。さしずめ僕は案内役ってところかな』


「つまり……お前は俺がなにか行動を起こすことを期待して、あんな話を俺にしたってことか?」



ふっ……という、その通りだと言い表さんばかりの息を漏らした音が、電話越しに聞こえてくる。


なんだこれ、姿見えないのにやっぱりイラッとする。ビンタしたい衝動を抑えて、俺はクレープを食べてる時にしていた、あの時の会話をなんとなく思い出していた。




【栞里さんが嬉しそうに僕に話してきてね。『普段は家にいる事の多い匠が、まさか誰かと一緒に出かけようとするなんてすごく驚いた』、と】


【しかし、栞里さんとは普段から休みの日もどこか出かけたりしているのだろう? この前の買い物の一件から、そうした機会も前より増して多くなったと、君もそう言ってたじゃないか】


【ふむ……だとすると君は、今まで栞里さん以外の誰かと遊びに出かけたことがないのか? これまで一度も?】


【――ふむ。ならば、冬休みは僕ともどこかに出かけるとしようじゃないか】




……いや、わかるわけないだろ。


てかお前、あの後すぐ半裸でどっかいって、そればっかり頭に浮かぶわ。



『もしかするとこれは、おせっかいってやつなのかもしれないけどね。それでも、君たちはもう、そろって一歩前に進めると僕はそう確信しているんだ』


「ちょっと待てって。俺が栞里を好きだっていうのはお前も知ってるように事実だけど、あいつが俺をどう思ってるかは本当のところわからないんだ。それにお前だって言ってただろ――あいつの感情は、あいつ自身にしかわからないって」



誰かの事を100パーセントわかるだなんて、そんなことは不可能だ。


それこそ、相手の考えを読み取ることができる超能力でもないと、理解することなんてできない。


だからこそ、俺はそれが正解なのかどうかもわからないまま……自分の気持ちを伝えるというただそれだけのことを、タイミングという言い訳に変えて、ずっと出来ないままでいるっていうのに――。



『それは例え話に過ぎない。君が栞里さんの態度について悩んでいるとき、僕が君にそう言ったのは、その背を無理やりにでも押すためだよ。実際のところ、答えはとっくに出ているじゃないか』


「……」



俺は何も言葉を返すことができなかった。


……ああ、多分とっくに気づいてる。だって、栞里はあんなやつだから……嫌いな相手といつも一緒にいるなんて、そんなことはどう考えてもあり得ない。


“幼なじみだから”というただそれだけの理由で、買い物にいくのを楽しみにしたりするわけがない。――頬に、キスなんかするわけがない。



『近くにいるからこそ気づかない。互いが相手を好きでいることに気づいていない、そんな正直者同士のすれ違い――そんな関係を俗に幼なじみという。そしてそれに一番早く気づくのは、客観的立ち位置を持つもの。つまるところ、二人の親友であるこの僕に他ならないのさ』



いつもの本気以外の何物でもない言葉を、電話越しに俺に投げつける。


だけど、綾小路のその言葉が。そしてなにより、俺はその時気づいてしまった。



(……あの時、栞里に言ったとおりだ。俺はもう、とっくに答えがわかっていて……だけど変わることを恐れていただけだ)



あの公園みたいに……大事なものだけはいつまでも変わらずにいればいいって。


幼なじみという関係が。当たり前のように栞里がそばにいる、そんな関係が。


お互い一歩踏み出したことで、全部消えてなくなったらどうしようって。そんな得体も知れない不安が……自分の中で渦巻いているからだったんだって。

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