17

……とまぁ、今朝のやり取りは大体そんな感じだ。


その後、綾小路は俺に、栞里を初詣に誘うように念を押してから電話を切った。


そして栞里に初詣のことを伝え、なおかつ、栞里のお袋さんと親父さんに、夜遅くに出かける許可を得たまではよかった……のだが。



「……」


「あれ? そういえば綾小路くんは? まだ来てないの?」


「あいつは用事があるから少し遅くなるってさっき連絡があった。先に中で甘酒でも飲んで待っておこう、時間までには来るはずだ」


「うーん……?」


栞里からすると、こういう約束事を一番に守りそうな綾小路がいないことに、若干の疑問を感じているのだろう。


……もし思惑を知らなければ、俺自身もきっとそう思っていただろうに違いない。



「ねぇ匠?」


「なんだ?」


「……甘酒って、アルコールとか入ってないんだよね? 未成年が飲んでも大丈夫なのかな?」


「……」



いや、疑問の矛先は最初から違う方を向いてたのかもしれない。


先導して、神社の鳥居をくぐる。栞里がついてくるのをチラッと横目で確認しながら、賑やかさと神聖さが同時に去来する、そんな境内へと俺たちは歩を進めた。







とりあえずは目当ての甘酒を目指して、二人、肩を並べて歩く。


いつの間にか歩調が一緒になっているのはいつもの事だから気にしないとして、それよりも、栞里が屋台にそれほど執着しないことが俺には気になった。一応、小腹ごなしにたこ焼きは買ったけど。


まぁ、入り口付近にしか店が並んでいなかったから、一度奥に進んでしまうと屋台が目に入らないからというのもあるのかもしれない。



「わたしはね、思うんだよ匠」


「なにを?」


「……さっきから、匠がよからぬことを考えているって」



するどい。でもそれはどっちの事を言っているんだ?



「匠、わたしがどうして屋台でたくさん買わないのかって思ってるでしょ。もー、女の子に対して失礼なんだから」



そっちかよ。まぁ、なんとなく予想はしてたけど。



「別にダイエットとかじゃなくて、今日はあんまり食べないようにしてるってだけだよ? 綾小路くんもまだ来てないし、それに今は私服姿だから、両手いっぱいに食べ物持ったらただの食いしんぼでしょ?」


「私服姿?」


「浴衣とか振袖着たら、食べ物持っても相乗効果でかわいらしく見えない?」


「……いや……」


「見えるよね。だから今は少し我慢しようと思って。まぁ、このたこ焼きすごくおいしいから、十分満足感はあるけど」



そう言って、幸せそうにたこ焼きをほおばる栞里。


……普段ならここでツッコミの一つでもしてやるもんだが、ひとまず今は余計なことは言わないでおこう。この顔を見れただけで、今は十分だから。







るんるん、と音を鳴らすみたいな笑顔を見せる栞里を横から眺めつつ、人がより集まる場所へと向かっていく。



「うーん、甘い良い匂い……この匂いを嗅いでると、なんだか変な世界に飛んでいっちゃいそう~」


「こんな人密集してるところで変な言い方すんな。ほれ、まずはゴミ捨てないと持てないぞ」



近くのゴミ箱にたこ焼きの容器を捨て、その空いた手に甘酒の入った紙コップを持たせる。


甘酒は、希望する人全員に無料で振る舞われていた。去年までは毎年、お参りだけして帰っていたが、まさか無料だったとはな。


別に無料でなくても一向にかまわないんだけど、なんだか今まですごくもったいないことをしていたような気がする。



「はぁー……からだがぽかぽかする……」


「あぢいっ」


「あれ、匠って猫舌だったっけ?」


「いや、そうでもないけど……悔しさと後悔で勢いよくあおったら、舌やけどしそうになった」


「だいじょうぶ? わたし、ばんそうこう持ってるよ?」



そう言って栞里はポケットから絵柄つきのばんそうこうを取り出して、俺に手渡す。



「ああ、ありがと。でも俺も持ってるから、ほら」



同じように、ポケットからばんそうこうを取り出す。ちなみに絵柄はついていない。



「ああ、そういえばそうだったね。でも本当にそれって匠の癖になっちゃってるんだ。たまには忘れるときもあるって思ってたのに」


「まぁ、持ってても別に困らない……って、これは前に言ったことあったっけ。栞里だって、出かけるときはいつもハンカチとかもってるだろ? それと同じようなことだよ」



てかそれ以前に、ばんそうこうは舌のやけどには使えないっての。


……そう言葉を返す前に、栞里はさっさと甘酒を飲みきってしまっていた。マイペースにもほどがあるだろ。


でもそれもいつものことなので、俺の方も気にせず、手渡されたままの絵柄つきのばんそうこうを自分のポケットにしまった。



「そういえば」


「うん? どしたの匠?」


「神社で配られる甘酒って、米麹を発酵させただけのただの甘い飲み物だから、アルコール一切入ってないんだと。さっき配ってる人から聞いた」


「……ねぇ、おかわりとかもらえるのかな?」



『おひとり様一杯限りとなります』という立て札を小さく指差して、俺は自分の甘酒の残りを、今度はゆっくりと味わう。


……悪いな栞里。俺もこの温かみを誰かに譲るわけにはいかないんだ。


現実ってやつは、いつだって非情なものなんだから。



「……ほら」


「あれ? これ匠のやつじゃ……」


「……」



だから、まぁ……この分はさっきのコーヒーのお返しということで、うん。


俺ってつくづく甘いよな、甘酒だけに。


……あれ? 甘酒飲んだはずなのに急に寒くなってきた。

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