4
「もう一度言おう。変わることはそんなにも罪なのかい?」
「……変わってからじゃ、間に合わない」
漏れ出る息とともにか細い声が音を成した。
「というと?」
「俺もあいつも今までの関係性が好きなんだよ。言いたいことを自由に言い合えるような気の遣わない俺たちだけの関係性。でもそれは、一度変わってしまったら元には戻らない」
壊れるならいいんだ。積み木でできたタワーは崩壊してもまた積み上げればいい。今までだってそうしてきたんだから。ただ根本的に変わってしまったものに俺ができることなんて、ない。
「ふっ、なるほど。言わんとすることはわかるさ。ただ僕の記憶違いでなければ、変わりたいと最初に願ったのは君の方じゃないのか?」
「……?」
「恋人になりたかったんだろう?」
「それは……」
うまく言葉にできない。綾小路の言う通りだった。都合のいいことを言って、必死で取り繕って、その場しのぎの理由を探して。俺は逃げてるだけだ。
変わらないことに手を伸ばすのは簡単だ。だって今のまま、現状維持を貫けばそれが叶うんだから。ほかに何も望まなくたっていい。まるっきりの自己満足。
「……なぁ、綾小路」
「なんだい?」
「人を好きになるって……すごくむずかしいな」
「ふっ、そうでもない。君が人より多くを考えてしまうだけさ」
「考えすぎて一番大切なものを失くしてたら世話ないけどな」
自嘲気味にこぼした愚痴に、綾小路はまなじりを細めて小さく息を吐き出した。
「わが親友よ。君は人はなぜ“変わる”のだと思う?」
即答はできなかった。散々考えて、延々悩みぬいて、それでも答えらしい答えは見つからなかったことだから。なぜ人は変わらずにはいられないのだろうか。
「僕はね、思うんだ。人が変わってしまうのは停滞しているからではないかと」
「停滞?」
「この世界はこんなにも広いのに、なんだって出来るというのに、人はいつだって視野を狭めて今を守りたがる。今を守ることが何より難しいことを彼らは知らないんだ」
「俺はそうは思わないな。現在〈いま〉を守って、最低限の日常を過ごすことの方が楽じゃないか?」
「ふむ、ならば少し考えてみてくれ。僕は異性に好意を寄せたことがないのだが、人は好きな人のために自分をより良くするための努力をしようと思うものではないのかい?」
「それは……」
返す言葉もなかった。今の自分がいて、今の相手がいて、初めて恋は完成する。その大前提を壊しにかかるのはいつも自分なのだということ。
「今が幸せだと。今を何より望んで。今が永遠に続けばと願うからこそ……人は変わっていくのかもしれないね」
「でも、それじゃあ、今を守る方法なんて……」
「ある」
綾小路の声が今だけは力強く思えた。
肯定の言葉が──たったそれだけが、俺の曲がった背筋をたしかに伸ばした。
「今を守るために人はまちがっていくのさ。何度も何度も何度も懲りずにね。――そうだろう?」
どくりと脈打つのがわかった。問いかけた瞳。いつものすまし顔。すべてが俺の背中を押してくる。もう答えは出ているだろうと。
「だったら君は、もうまちがえない」
心が震える感覚を覚えた。今になってようやく気づかされた。遅すぎる答え合わせ。遅すぎる決断。何もかもが手遅れで。それでも──
「……悪い綾小路」
「どうした?」
「俺――行くとこできた」
手を伸ばさなきゃと思った。空には届かないけど。星だって掴めやしないけど。
あいつの手くらいは捕まえられるんじゃないかって……『今』の俺はそう思ったから。
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