5
――またいつかのことを思い出していた。まだ幼かった俺たちがいずれ訪れる未来を思って地面を掘り返した日のこと。
俺が笑うと栞里も笑った。当時は自分が10年後に何をしているかなんて思いもつかなかったけれど、幼いなりに考えて種を埋めたんだろう。
いつか芽吹いて大きな花が咲きますようにって。
だから、次の日に降った大雨が俺がバカなりに書いた未来への手紙をくしゃくしゃにしたことがすごく悔しかった。内容なんて覚えてないけど、そのときの気持ちだって思い出せないけど。
でも、それでいいんだと思う。
──たったひとつを忘れていなければ。
【あそこの公園の木の下に、昔タイムカプセル埋めたよね? でも次の日に大雨ふっちゃって、中に入れてた未来への自分の手紙が見るも無残な姿になってたっけ】
……いつその話をしたんだっけ。何年も前にしたような気もすれば、つい最近そんな話をしたような気もする。
俺の種はすでに摘み取られた。花咲かす前に神様のイタズラによってなかったことにされてしまった。
――でも、栞里の埋めたものは?
俺の胸に小さな細波が波紋のように広がっていく。
どうして栞里はタイムカプセルなんて話を持ち出したのだろう。あんなものは過ぎ去った思い出の1ピースだ。今更する話でもない。
──だから、きっと意味がある。まっすぐで、純粋で、俺より直情的なあいつのことは、誰より俺が知っている。
やることはすでに決まった。遅すぎる決断だということは痛いほどにわかっている。
時間は取り戻せない。いつかの選択だって取り戻せない。けれど、ミスは取り戻せる。
この世界に魔法はない。火を噴くドラゴンもいなければ、悪の手先が潜んでいるような展開だってない。
これはちっぽけで、些細で――どこにでもありふれた男女の物語。
そんな小さな世界の中でも人は迷って、悩んで、もがきつづける。
でもさ、ミスをすればいい。慌てふためけばいい。
失敗して、悔やんで……そのあとに挽回するのは、いつだって主人公の役目だろう?
▽
公園にたどり着いた。そこは綾小路と今日訪れた、ヘンテコな名前をした公園の方じゃない。栞里と遊んだ記憶ばかりが残る、俺たちにとって唯一“変わることのない”場所。
目的はそこの大きな木の下。その根元に、俺は手のひらを這わす。
――はっきりとは覚えていない。判然としない記憶を手繰り寄せながら俺は土を掘り返す。何年も前に埋もれたいつかの記憶。たしかな記憶。
事実はいつだって信じられない。けれど、過去の産物なら?
思い出はウソをつかない。変わらない。指先から伝わるのは……金属筒の感触。
「――見つけた」
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