5

「綾小路! ちょっとお願いがあるんだ!」


「……僕は夢でも見ているのだろうか。まさか君が迎えに来てくれるだなんて……」



俺が戻ってきたのは先程のクイズ会場だった。


道の端っこ……校舎にもたれかかるようにしてぐったりと脱力している綾小路に、俺は頭を下げて頼み込む。



「これを貸してくれ!」



俺の最後のミッションを完遂するにはこれしかないと思った。


俺の運は最後まで俺を見放したかもしれない。それでも、綾小路が俺のためにひと肌脱いでくれるなら、この勝負に勝つことができると俺はそう確信していた。



「……そういうことなら仕方ない。我が親友よ、こいつは君に任せたよ……?」


「――ありがとよ、綾小路」



こいつには、大きな大きな貸しができてしまったかもしれない。


最後にもう一度目だけでお礼を送ってから、再び俺はグラウンドを目指して全力で駆けていった。







――あとはゴールするだけだった。


綾小路から託されたゴールの片道切符もある。今はとにかく、目の前のゴールを目指して、ただひたすらに走るだけだ。


地面に描かれた白線に沿って、大きくグラウンドを一周する。その途中、何故だか注目を人一倍集めている気がして、どこか心が落ち着かなかったのだが、そんなことはどうでもよかった。


背後には、他に追随してくるライバルの姿はない。借り物競争に記されたお題のレベルが高かったのだろう。俺だって、機転を利かせていなければ苦悶していたことだろう。


栞里も待ってる。早くゴールして安心させてやらなきゃな。


……そうして俺は、両手をバンザイして――ゆっくりとゴールテープを切った。


周りの弾けるような歓声とは逆に、冷静に息を整えながら、俺はそのままゴール先に待っていたお姫様の元まで歩いていく。



「匠……」


「栞里、ちゃんとゴールした。一番に」



感動のフィナーレだ。


俺と栞里は彼氏彼女とかではないけれど、待ち人の元に誰よりも早く駆けつけた王子とお姫様。この画だけでも涙をそそるモノになっているのではないだろうか。


自然と視線が集まる。二人の再会の祝福を飾るように、いろんな方向から冷ややかな視線が……


……冷ややか?



「匠、その手に持ってるのは何……?」



訝しむような、一歩後ずさるような声で栞里が訊いてくる。



「ん? これか?」



俺が物を持ち上げただけで異様などよめきが巻き起こる。


どうやら観客は、これが先ほどから気になっていたらしい。



「最後の借り物競争のお題である『絆』だよ。今日は本当に綾小路に助けられてばかりだったから借りてきたんだ──」



そう言って、俺はその手に持っている物を、ゆっくりと栞里に向かって差し出した。



「──綾小路のブリーフ」



他に何か目ぼしい物でもあれば良かったのだが、残念なことにあいつは今日一日パンツ一枚で過ごしていたからこれくらいしか受け取る物がなかったのだ。



「……うぅっ、匠! やっぱり匠をこんな悪質非道なレースに参加させるべきじゃなかったんだね! ごめんね! 何もしてあげられなくて!」



涙ながらにそう言ってくるもんだから、俺の頭にはやっぱりクエスチョンマークが浮かんで。



「どうして泣く? あいつのブリーフだろ。泣く要素なんて……」



ん?


俺が大事そうに右手で握っているのはゴールするための通行証で。それこそが綾小路の履き慣らした、ちょっぴり湿ったブリーフに他ならなくて。



「うぇっ! な、なんじゃこりゃっ!」



思わず俺は、その場で握りしめていた片道切符を放り捨てた。



「匠! 戻って来てくれたんだね! 嬉しいよ!」


「そう言いながら一歩ずつ後退していくのはなぜでしょうか……」



観客を含めたこの場全員の視線は、今や例外なく、砂に塗れてしまった純白のパンツへと注がれている。


ま、まじで俺は何ということを……。


右手を閉じて開いてを繰り返して、未だに残る感触に苦笑いしか浮かばない。


そして、



「待たせたね、わが親友……」


「!?」



そこには、疲弊しきって疲れ顔の素っ裸の綾小路がいて、



「「「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」」」




こうして、全員が一様に合わさった悲鳴が響き渡って――体育祭は幕を閉じた。

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