6

屋上まで、キャンプファイヤーの煙は伸びていた。


その薄く濁った空気に祭りの終わりの余韻を込めて、俺と栞里は黙ったまま、けれど、互いの存在は確認し合いながら、ただ時間が過ぎる様を楽しんでいた。


手すりに身体を預けて、グラウンドから伝わってくる活気に耳を澄ませる。フォークダンスを楽しむ声と、それをひやかす声が入り混じって、屋上とはまるで正反対の空間が演出されていた。


けれど、不思議とこの沈黙が俺は嫌いじゃなかった。



「祭りも終わりだねぇ」



それは栞里の独りごとだったのかもしれない。



「文化祭があるだろ?」



――秋は文化の季節だ。


本を読んで、スポーツをして、お腹がすいたらご飯をたくさん食べて。ひとつの大きな行事を乗り越えたかもしれないが、秋はまだまだ始まったばかりだ。



「そうだね。文化祭では、いっぱい遊びたいなあ。屋台でしょ、喫茶店でしょ、それに茶道部の和菓子も楽しみなんだぁ。えっと、他には何を食べればいいんだっけ?」


「栞里よ、お前さんは食べることばっかやね」


「文化祭はどれだけ数多くの料理をお腹に入れることができるかが大事だと思うのです」


「はぁっ……」



いつも通りというか。変わらないというか。


その態度を肩透かしに感じないと言えば嘘になる。らしくないことも沢山して、触りたくもない物を掴んでゴールして、本当に今日は疲れたから。


でも、心のどこかで……これで良かったと思う俺なんかもいるわけで。



「あと、今日はありがとう」



だから、不意に耳に転がり込んできた幼なじみの感謝の言葉に、俺はとても驚いた。



「なんというか、迷ったんだよね。この言葉だけは」


「…………」


「だって匠、わかってたでしょ?」



──助けなくていいという予防線を張っていたことか?



「でも素直に嬉しかったんだ。本当の王子様みたいだった。匠は必死で、夢中で――ひたむきな、わたしだけの王子様だったよ?」




【でも、きっと匠は出てくれないよね。こういう面倒事が大嫌いだもん】




……それは栞里にとっては、『だから自分一人でなんとかする』といった意味の言葉のつもりだったのだろう。


その少ないヒントの中に、一体どんな答えが隠されているのか。それは幼なじみだからこそわかることで、事実、本当に栞里はそのつもりだったはずだ。


けれど、その裏に隠されていた『本当は助けてほしい』という本音もまた……幼なじみだからこそ分かってしまうことでもあって。だからこそ俺は、そうしたことに、その選択を選び取ったことに、後悔は全くなかった。



「それに、こんなに頑張ってくれた人にケチなんてつけられないよね。ほら、まだ頭に砂ついてるよ。しゃがんでしゃがんで」


「そ、それくらい自分でできるって……」


「いいのー」



頑なに譲ろうとしない栞里に根負けした俺は、ゆっくりと膝を曲げて──


──ちゅっ。



「……なっ」



左頬に柔らかな感触が一瞬だったけど、確かに触れたのを感じた。気づかないわけがない。



「ご褒美のお姫様からのちゅーを忘れてたからね」


「い、いや、そのっ、これは、えーとっ」


「ありりぃ~匠くん、何をそんなに慌ててるのかなぁ~?」



ニヤリと意地悪な笑顔で俺を煽ってくる。


そして一旦、言葉を区切ってから、



「わたしたち、幼なじみじゃん」



──俺たちだけに通じる“魔法の言葉”を囁いた。


まるで昼の仕返しだと言わんばかりのその行為に、俺はぺたりと地面に座り込むしかなくて。



「あんなん、ずるすぎるだろぉ……!」



もう既に屋上のドア向こうへと消えてしまった彼女への恨み節は……秋風に乗って虚空の彼方に溶けて行った――。

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