7

――俺の休日の過ごし方は、もっぱら散歩か、だらだら家で過ごすかに絞られる。


この両極端な選択肢は、行動的だった子供の頃の俺と、歳を取って落ち着きを見せた俺の両方がこうしている証拠だ。


動くのも好きだし、家で英気を養うのも嫌いじゃない。


だが最近は出かけると言っても、昔みたいに公園に遊びにいくわけでもあるまいし、どっちかというと家で過ごす方に重きが傾きつつある。


それは栞里がいる、というのが前提だったりもするが、ようするにそれは、俺の休日は完全に栞里任せであることの証明でもある。


つまり、端的に言えば……それは俺は自分から栞里を外出に誘うことがない、ということでもあって。



「……」



腕時計を見ると、時刻はもうすぐ12時になろうとしていた。


かれこれ駅前に着いて10分以上が経過しようとしているが、いまだ待ち合わせの相手は姿を見せない。



「……さむい」



まだ真冬に入っていないとはいえ、12月にもなると、急激に空気が冷え込む。


俺は寒がりな方だから、余計そう感じるのかもしれない。こんなことなら、もう少し家であったまってから来るんだった。



「……ばかだな俺。ホント、色々な意味で…」


「あれ、匠?」


「ふへぇっ!? しっ、栞里!?」



待ち合わせ相手が、いつの間にか隣に立っていた。


びっくりして、思わず声変わり前みたいな高い声を出してしまう。



「どうしてもういるの? 待ち合わせまで、まだあと30分もあるのに」


「……」



本来の待ち合わせの12時30分が来るのが、異様に長く感じて仕方なかったんだよ。


……なんてことは口が裂けても言えないので、とりあえず嘘じゃない範囲で本当の事を言うことにする。



「……たまたま早く目が覚めたから、早く来てそこら辺をぶらぶらしてたんだ。そういう栞里こそ、なんでこんな早いんだよ?」


「わたし? わたしはね……待ち合わせの時間が来るのが異様に長く感じて、我慢できずに早く来ちゃったんだ。久しぶりの匠とのおでかけだもん。わたし、ほんとうにすっごく楽しみだったんだからね?」


「……おう。せ、せやな……」



開口一番、とんでもないどストレートを決めてきやがった。


前までは特に気にしてなかったが、今までも似たようなことを言われた覚えは確かにある。だが、こんなにもヒットポイントを削られたことはなかった。


自覚がないってホント怖い。つくづくそう思う。



「でもまさか、匠がいるなんて思わなかったからなぁ……先に着いてからどこにいくか色々考えようとしたんだけど、しかたないね。それならどこいくかは歩きながら決めよ?」


「へ? まだ行く場所決まってないのか?」


「匠と出かけられるってだけで嬉しかったからね、今朝までなにも考えてなかったの。でも、とりあえず街は一通り見て回るつもりだよ。匠に見てもらいたい服なんかもあるからね」



笑顔をはりつけたまま、弾んだ声で言う。


……ここ最近、栞里が出かけたいと言っても、俺が首を縦に振ることはなかった。


そのせいで、綾小路にもその事を相談するくらいだから、栞里の中で相当溜まっていたものはあったんだと思う。


それが買い物を目的としてものであれ、はたまたそれ以外であっても……栞里の中に溜まっていたものが少しは解消されたのなら、俺は素直に嬉しい。


まぁ、そうなった原因は他でもない俺なんだけどな。



「それじゃ、まずはどこか座れるお店に入ろっか? 匠だって体冷えちゃってるでしょ?」


「そうだな……なら近くの喫茶店にでも入るか。俺、昼食べてないから、ついでに腹ごしらえもしたいし」


「奇遇だね、わたしもお昼食べてきてないの。なんかお昼のランチがおいしいお店があるみたいだから、そこにしよ?」



こうして俺たちの、いつもとは違う、けれどいつも通りの休日がはじまった。


……今日にかぎっては、たとえこの身に限界が来ようとも、俺は栞里の気が済むまで買い物につきあってやろうとその時思った。


ただしそれは荷物持ちとか肉体的な意味じゃなく、主に俺の精神的な意味でだが。






喫茶店で腹と温かさを満たした俺たちは、それからは栞里の宣言通り、軽く街を見て回ることにした。


最近はこっちの方にもあまり来なくなっていたし、こうして見ると、個々の店の飾りや商品の種類などが季節を表すものに変容しているのが面白い。


それにまだ12月になったばかりとはいえ、言ってる間にこの時期一番のイベントが待っている。


そう――クリスマスである。



「わ~このマフラーすっごくかわいい~。ねぇねぇ匠、どう? わたし似合ってるかな?」


「うん、いいんじゃないか? 俺は好きだよ」


「匠? このニット帽とかどう? おしゃれだと思わない?」


「うん、いいんじゃないか? 俺は好きだよ」


「ねぇ匠、あのクレープとか結構おいしそうだよね」


「うん、いいんじゃないか? 俺は……」


「えいっ!」


「ぐほぉっ!?」



いきなりの容赦ないボディーブローに、俺は物の見事にカウンターを食らったK-1選手のような声をあげた。


出た声の割に、あまり痛みはなかった。というか皆無だった。



「……あのね、匠? さっきからわたしの話、全然聞いてないでしょ? そんなこと言っても信じません、さっきからずっと二つ返事だったの知ってるんだから」


「いや、そんなことっていうか……せめて言い訳ぐらいは自分の口から言わせてください……」



栞里の中の俺は、果たしてどんな事を言ったのか非常に気になる。


呆れるような表情で、痛みのないお腹を押さえる俺に、栞里は言い聞かせるように言葉を続ける。



「そりゃあ、わたしだって匠とこうして出かけられるだけで嬉しいよ? でもね、今の匠は言ってしまえば、わたしの隣で立ってるだけの、なにを言っても同じことしか返してこないただのコピーロボットみたいなものだよ」


「例え方が中々にキツイ……」



だが実に的を得ている。普段通りにしようと思って構えてたら、いつの間にか決まった言葉しか返さない機械みたいに俺はなっていたらしい。



「今日は買い物ももちろんだけど、それ以上に匠と一緒ってことをわたしは大事にしたいの。だからせめて匠も同じように、わたしと一緒ってことを意識してほしいな。せっかくのお出かけなんだもん――誰かと話しながら肩を並べて歩くのって、それだけで幸せな気分になるものなんだから」



言われなくとも、とっくに意識してる。最初からずっと、これ以上ないってくらい。


でも……俺はまだ、自分の中でなにをどうすればいいのか理解しきれてないんだ。


普通に話せばいい。けど普通ってなんだ? いつも通りってなんだ? ボケとツッコミの応酬を会話に混ぜればいいのか?


……いや、そうじゃないだろ。


普通の会話っていうのは、さっき合流した時にしたみたいな、



〇〇だよね? ああ、○○だな



とか――そんな些細なやり取りでいいんだ。


なのに、どうして俺はそれすらもできなくなったんだんだろう。そんな些細なやり取りをするのに、俺はいつも深く考えていただろうか?


……よし。



「栞里」


「うん?」


「――次はあの店に入ろう」



そう言って俺が指差した先にあったのは、ファンシーグッズであふれた、いかにも女の子向けのお店だった。


……やはり、多少は考えて発言した方がいいのかもしれない。栞里の目には、少しだけ困惑の色が浮かんでいた。

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