8

「それで、匠はどうするつもりなの?」


「どうって?」


「――どこかの王子様みたく、わたしのことを連れ去ってくれたりするの?」



茶化すような語調の栞里に俺はゆっくりと首を振る。



「……それができたら一番だけどな。でも今の状態がベストなんだと思う」



俺が栞里を追いかけたのは決して連れ戻すためじゃない。誰かのエゴを誰かに押しつけても誰も幸せになんてならない。そんなことわかってるんだ。



「どうして?」



いろんな気持ちが混じってるような気がした。どうして今がお互いにとってベストなのか。だったら、どうして追いかけてきたのか。栞里の表情からは幾重もの色が読み取れる。



「これは俺の予想だけど、最近は俺がいなくても家族三人で過ごしてるんじゃないか?」



だから、正直に答える。何も着飾ることのない等身大の自分で。



「………」



栞里は何も答えなかった。でもそれが答えだ。本当に言いたいことは遠回しに伝える栞里は、きっと誰よりもウソがつけない。



「落ち着いて考えたら、引っ越しってそれが理由なのかなって思った。栞里たちって、今まで家族としての当然の生活をまともに送ってこなかったわけだし」



毎日のように俺の家に入り浸って、ご飯なんかも作ったりして。でもそれってなんか違うだろって思うから。きっと今の日常は栞里にとって必要なものだ。



「家族と一緒にいれる時間なんてこの先限られてくる。だから、三人で過ごす時間が少しでも増えるようにってこんな田舎にまで越してきたんじゃないかって。そう思うんだよな」



まぁ、全部俺の予想に過ぎないんだけど。



「ふふっ、匠ってそういうところだけは鋭いのに自分のことには鈍感だよね」


「……うるせえ」


「まぁ、そういうとこが好きなんだけどねー」


「なぁっ……!」



思わぬ不意打ちを受けて開いた口が閉まらなくなる。つづいて頭が真っ白になってうまい返しも見つからなくなる。そういうの、ほんと卑怯だ。



「あ、匠照れてる」


「それこそうるせえ!」



風がそよぐ。肌を刺す空気は冷たいし、まだまだ春は遠い。


それでも、不思議と心は温かかった。


穏やかでいて、けれど身体の芯には熱がともってる感覚。


──言うなら今しかないと思った。



「だから、待っててくれないか?」



言葉はするりと唇からこぼれ出た。なにを考えたわけでもなく、なにを伝えたかったのかもわからないけれど、心が、身体が勝手に動き出した。



「あの時と同じく、必ず俺の方からその手を取りに来るから。超特急で会いにくるから。そうしたら、俺たちの街に帰って。永遠の誓いを立てよう」


「迎えにきてくれるんだ?」


「白馬の王子様だからな」


「………」



渋い顔やめろぉ! そっちが白馬の王子様どうこう言い出したんだろ!



「匠は白馬の王子様なんかじゃない。ただの幼なじみだよ」


「グレードダウンしすぎだろ……」


「でもね。だから――ずっとわたしの傍にいないとダメだよ?」


「……っ」


「何年かけてもわたしの元に帰ってきて、何年たってもずっと一緒にいること。――おじいちゃんになってもおばあちゃんになっても、一緒に笑い合おうね?」


「……ああ……約束する」



吹きつけていた風がやんだ。まるで息継ぎでもするように、ぴたりと。


けれど、次の瞬間には大きな風が真下から吹き上げるように駆け抜けた。


足元がぐらりと揺れる。バランスを失くした身体が崩れそうになる。


でも俺たちは倒れなかった。


つないだ手の温かさを知って。近くて近すぎた距離が今まで以上に埋まったから。


それに、倒れたとき起き上がらせてくれる温もりが“ここ”にあるから。







――そうして俺たちは互いの手をギュッと握りしめ……変わった関係の一回目の笑顔をうかべた。

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