第2話 実父
女の子になってしまった俺はあいも変わらず紗里子(さりこ)のヌード絵画の作成に勤しんでいた。
少女(俺)が少女(紗里子)の裸体を描くというシチュエーションーー。
知らない人が見たらちょっと異様な光景であろう。俺だって異様だと思う。
でも、描かなきゃ食っていけないのだから仕方がない。
「パパ、ショートカットも良いけどせっかく女の子になっちゃったんだから髪の毛伸ばしてみたら? そっちの方が可愛いよ、きっと」
ベッドの上で紗里子が明るく提案する。
だがその表情は不安げだ。
大人の男だった『パパ』がいきなり自分と同じ年くらいの女の子になってしまったのだから当然だ。
「そうだな、考えてみるか」
自分の喉から発せられているとは思えない甲高い少女の声。うーん、我ながらなかなか可愛い声ではあるが。
「リリィ・ロッドはね、私以外の誰にも触らせちゃいけなかったの。もし他の人があれに触れたら……魔法少女になっちゃうって」
「そういう大事な事は、パパもっと早く知りたかったな」
「ごめんね。私も最近リリィ・ロッドから聞いた話だし」
不思議な事にあの魔法アイテムは魔法少女とは会話が出来るらしい。
……でもちょっと待てよ。今、紗里子、「触った者は魔法少女になってしまう」って言ったのか?
「リリィ・ロッドに『元の姿に戻して』って頼む事は出来ないのか」
「してみたんだけど……その話になるとリリィ・ロッド、黙っちゃうの」
「……パパ、どんな魔法少女になってしまうんだろうな」
『娘』と背丈が同じくらいになってしまった俺は、紗里子から借りたTシャツと短パンといういでたちでキャンバスに向かっていた。
女の子になって一番参っているのは、風呂だ。
大体女のあの部分ってどうやって洗うんだ?
女性経験が無い訳じゃないけどそんな所洗ってあげた事がないから分からない。
紗里子の小さい頃は、専ら俺の母親がお風呂に入れてたし。
「パパ、一緒にお風呂に入ろうか? 色々困るんじゃない?」
気の利く紗里子が声をかけてくれる。
「ああ、頼むよ……」
女の身体の洗い方を充分に教わってから、2人で湯船に浸かる。
2人とも小柄だから大きめのバスタブの中では充分身体を伸ばせる。
「私、女の子になってもパパが好きだよ」
紗里子は嬉しい事を言ってくれる。
「でも、パパと結婚出来なくなっちゃったなあ」
なんて、冗談だか本気なんだか分からないセリフも込みで。
結婚か。
俺と紗里子は血が繋がった父娘ではない。
大事な紗里子と結婚しようなどとは露ほども思ってない。でもちょっと歳は離れ過ぎているが、しようと思えば出来るんだ。
良い機会だから、俺は紗里子に本当の事を打ち明ける事に決めた。
すうっと湯気の中で深呼吸をする。
「あのな、紗里子。パパと紗里子は、本当の父娘じゃないんだ」
俺の甲高い声が風呂場にこだまする。
紗里子の大きな瞳がますます大きく見開かれた。
「……え、だって、私の赤ちゃんの時の写真。パパが抱っこしてくれてるじゃない」
「ーー大学の4年の時、パパの親友が赤ん坊だったお前を残して失踪したんだ。『紗里子を頼む』っていうメモ用紙を、俺に残して」
「…………」
紗里子はショックを隠し切れないようだった。
「……それで?」
やっと口を開いた紗里子が俺に問う。
「紗里子、お前が魔法少女になってしまったのも、本当の父親と、多分まだ生きているであろうーー分からないがーーお前の母親が関係しているのは明らかだと思うんだ。それで、パパな」
「…………」
「今度の個展が終わったら、お前と一緒に本当の両親を探し出したいと思うんだ」
「イヤ!!」
紗里子が叫んだ。
「私を捨てた人達でしょ? そんな人達に会いたくない!!」
最もな話だ。しかし、紗里子だっていつまでも魔法少女でいられる訳じゃないんだし。いつかは……魔女になる。
「それに、パパだっていつまでもこんな格好でいられるのは困るしなあ」
と、紗里子よりちょっと小さい自らの胸を揉んでみた。
「パパ、おっぱい触らせて!!」
「お、おう」
「うわ、めっちゃくちゃささやか!!」
「ささやかって言うな!」
思いもかけず傷付いてしまった。
これは紗里子なりに空気を変えようとしたんだろう。
だけど本当の両親の件はちゃんとしなければならない。
「おやおやお2人とも、そんなに長く湯船に入って大丈夫なんですかニャー?」
風呂の出入り口から猫のルナが覗き込んだ。
「長く浸かっても大丈夫なのは半身浴だけですニャー」
猫から風呂の使い方を教わるとはな……。
紗里子はまだ悩んでいるようであった。
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