第22話 百の義母(ママ)
「……いつも、百がお世話になっております。陸野百の母親です」
『母親』というのはどちらの方だろう。義理のお母さんか、それとも……まさか、本当の母親か。
俺の沈黙に気付いたのか、女の人はこう付け加えた。
「義理の母親です。百からお話は聞いているでしょう」
「あ、ハイ……」
百に『少しだけ』似ていると思ったのは元々、海野(うみの)家と多少離れた血筋のせいだったんだろう。
百の義母(ママ)は言う。
「あの子が、ご迷惑をかけておりませんでしょうか? 親バカかもしれませんけど、内気で大人しい子だから大丈夫だとは思いますが……」
内気?
大人しい!?
あの百が!?
「あ、えーと、百ちゃんとっても楽しい子ですよ。とっても明るいし……」
「あの子が『明るい』? ……外弁慶だったのかしら、知らなかったわ……」
お母さんは意外そうな顔をした。
「リリィ・ロッド!!」
何故そこで叫んでしまったのか分からなかった。自分でも意外であった。
しかし、もし1つ思い当たる事があったとしたらーー。
百のママに、あの毒々しい『虫』が入り込んでいるだろうという一点に尽きた。
それ以外に、俺が魔法少女に変身する理由は、無い。
「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ」
お決まりの呪文が口をついて出る。この呪文を唱えれば、苦しむ事なくすんなりと『虫』を吐き出す事が出来るはずだった。
ーーだがーー。
百のママは、相当苦しんでいた。
どういう事だ? 俺の魔力が弱まってしまったのか? ーーそれともーー。
百ママの『思い』の方が、俺の魔力を上回っているのだろうか。俺は焦った。部屋の中では百が寝ている。魔法少女に変身している俺の記憶は抜け落ちるとは言え、今百(ママ)の姿を見せるのは好ましくないと思った。
「百、百……! 貴女を殺して、私も一緒に……!!」
ーー何だって?
この『義母』は、百の事を殺したいという思いを持っていたのか。
ますます、百の姿をこの母親に見せる訳にはいかなくなった。
「ベル・ゼブブ ルキーフェル アディロヌ」
お、新しい呪文だ。
新しい呪文が俺の口から滑り出てきた。
この呪文のおかげなのだろう、百のママは喉を掻き毟るようにして「クーーーッ!!」という悲鳴をあげ、『虫』を吐き出した。
俺は、『虫』がいつものようにシュッと煙となって消える前に、魔法少女の衣装であるカカトの高いブーツで踏み潰してやった。
何となくそうしたい気分だった。
ーー後はいつものように回復呪文を唱えればすぐに元気になるだろう。
そしてーー二度と、百を『殺そう』という気持ちにもならないだろう。
俺は魔法少女の姿を解いた。
目を覚ました百ママは、
「私、何を……。あ、昂明マミさん……。私は、百の好きにさせてやりたいんです。あの、少ないですけどこれを……」
と言って、何やら分厚い封筒をバッグの中から取り出し、俺に渡そうとした。
中身は、札束だった。
厚さから察するに100万円は入っていただろう。
「そんな! あの……こんな大金、受け取れません!!」
俺は慌てて断った。女の子1人養っていける収入ぐらいはある……。
と思いたかったが、確かに百が来て以来多少出費はかさんだ。水道費やら、食事代やら。
正直言って、喉から手が出るくらいにはその100万円? は欲しかった。
だが、何だかその金は受け取っちゃいけないような気がしたんだ。百の為にも。たとえ百が、この経緯(いきさつ)を知らないままだとしても。
「いえ、どうか受け取ってください。貴女の伯父様(俺の事だが)にお渡しください」
百ママは食い下がった。
そんな事言っても、受け取れない物は受け取れない。
俺は言い訳を考えた。
「あの、私の伯父は、画家なんです。それで、百ちゃんもモデルにして絵を描いてます。言わば、百ちゃんはウチでアルバイトをしているようなものなんです。百ちゃんは自分で働いて稼いでます。だからこのお金はお受け取りできません!」
一気にまくし立ててやった。我ながら良い言い訳だったと思う。
百ママはそれでも随分悩んでいた様子だったが、
「あの子が絵のモデルを……」
と呟き、しぶしぶ封筒をバッグにしまった。やれやれ。
「それじゃあ、せめて飲み物をご馳走させてください。エレベーターの前にいらっしゃいましたから、飲み物でも買いに行かれる途中だったんでしょう」
「あ……。はい、じゃあ……」
百に似て勘の鋭い女性だ。俺達は揃って2階の自販機コーナーに行く事にした。
飲み終わった後、百ママは
「それでは、くれぐれも百をよろしくお願い致します」
と何度も何度も頭を下げ、自室に戻っていった。
こりゃあ、女将さんとグルになっているな。俺は納得がいった。風呂の時間も大部屋での食事の時間も合わなかった訳だ。
俺は姿が見えなくなるまで百ママの後ろ姿を見つめ続けていた。
百ママも、何度も振り返ってお辞儀を返してきた。
「朝ごはんの前に、一番風呂に入りましょうず!!」
早朝6時。
百に叩き起こされた俺達は、仕方なく大風呂に行く事にした。
そこでも、百は紗里子の肌がどうの、お尻がどうのとはしゃぎ続けている。
こっちは寝付いたの3時だっていうのに。眠くて仕方ない。大あくびが出た。
ーーって、気付いたら俺は百に胸を掴まれていた。
「マミ、とっても可愛いよ」
なんてセリフ付きで。
こうして、温泉旅行は終了したのであったが。紗里子は昨晩部屋の前で何があったのか分かっていたようで、あえて邪智暴虐な百の行為を止めたりしなかった。
やれやれ。
さて、猫のルナが待ってる。温泉饅頭でも買って帰ろう。猫に饅頭が食えるかどうかは知らないが。
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