第69話 紗里子の心臓

 


  俺はなるべく余裕を持っているかのように振る舞いながら、悪魔の野郎に言ってやった。

  巨大な月の下で、人間ーー俺ーーと悪魔は対峙していた。


  「おい、フルカスとやら。うちの紗里子はルシフェルにも気に入られてるんだ。その紗里子を消してルシフェルが黙っていると思うか?」


  悪魔には魔法少女のチカラが通じないとなると、こういった『言葉』で戦うしかなかった。


  しかしフルカスは哄笑した。


  「ははは……。ルシフェルだと? あの魔王をやめて天界に帰ろうとしている腰抜けが? 私は充分なチカラを付けた。あの中途半端な悪魔に殺される程ヤワではない」


  そして、「サリエルと融合すればもっとチカラを手に入れられる事だろう」とも。


  「大した悪魔だな」


  俺の目はギラついていたに違いない。

  とにかく紗里子の身体だけでも俺の手に戻したい。

  俺はフルカスから紗里子を奪うため、一歩足を運ぼうとした。


  俺は既に自分が女の子の身体であるという事を忘れていた。



  ーーしかし。

  そこで地響きが起きた。ドッドッドッという地響き。

  それと同時に、何か巨大な存在が2体、魔女の世界を覆い尽くした。

  月をも隠すかのように。

 


  その巨体達の一方は、白い羽根を付けた光り輝く天使のような男体で、もう一方は老人の姿を取り白いマントを覆っていた。


  リリィ・ロッドがそれまでにも無かったような鮮やかな光を放っていた。

  俺はそれらの存在の正体にすぐに勘付いた。



  「……よう、そういうのが本体か。魔法少女の姿から随分変わっちゃったな、ルシフェル。それに……。ゼウス様」


  「今から儀式が始まる」


  ルシフェルと思われる『天使』が呟いた。儀式……?

  ヘルカスに『天罰』を与えにきたんじゃないのか? 俺はますます混乱した。

  ルシフェルはサリエルに会いたがっていたから別として。ゼウスまでも助けてはくれないのか?


  巨大な2体はまるで黙って様子を見届けようとしているようだった。


  ヘルカスは胡麻でも擦るように揉み手をして上空に向かって叫んだ。


  「これはこれは、ルシフェル様! このヘルカスが今すぐ貴方の愛したサリエル様に会わせて差し上げますよ」


  ヘルカスは嘯うそぶいた。

  俺は激怒した。


  「おい!! ルシフェル、お前は紗里子が心臓を破壊されて生き返らせる方が無いんだろ!? それなら今すぐこのクソ悪魔を消せ!! それにゼウスさん、アンタだって……!!」


  俺が叫んでも、それでも2体は沈黙を守ったままだった。『儀式』を待ちかねているように。


  「お願いだ……。やめさせてくれ……」


  俺は膝をついた。

  自分の無力さを改めて恨んだ。


  「パパ……パパ……」


  紗里子が泣きじゃくった。


  「それでは、サリエル様の復活をお任せください」


  「止めろ!!」


  ルシフェルに対して手のひらを返したヘルカスが何事かの長い呪文を唱え始めた。


  「エホバ ソナ アクル リファソルシ オルストン オルフィトーネ ファトリム インプレトン アギア ソレファツ テトラグラマティン エロル プリムトン シトラン ペリガスン イラトダン

 プレグトン オンペロキューラム ティロスト ベビフィトン シグラトン

 パルビグラマルビ トルメンタルメライ!!……。神(ルシフェル)よ、この娘の身中に存在し続けた魔女サリエルを復活させよ!!」


  ウッ、と紗里子が餌付いた。心臓を抑え、苦しんでいた。


  俺は手を伸ばし、フルカスから紗里子を奪い取った。それでも状況は変わらない。

  紗里子を抱き抱えながら俺も泣いていたと記憶している。

  紗里子は苦しみ、泣きながら叫んだ。



  「パパ、パパ……! 痛い!! 痛い痛い痛い!! 私、やっぱり死にたくないよう……!! 死ぬのは、やっぱり嫌だよう!!! パパ……!! 愛してる……」


  いつかの、「パパがいてくれるなら死んでもいい」という紗里子の言葉を思い出した。

  そして「やっぱり死にたくない」「愛してる」という言葉に俺は胸を刺された。


  紗里子。

  13歳の紗里子。


  「……グッ!!」


  紗里子の左胸がせり上がった。

  分娩のように2人分の頭部が突き出てきた。

  父親である高田と、母親であるサリエルの頭部が。


  それはどんどん大きく形を成し、あっという間に紗里子の皮膚を破った。



  「ああああああああああああああっっ!!!」



  「紗里子!!」


  苦しみ抜いた悲鳴。

  それが紗里子の『最後の言葉』だった。



  紗里子の血で汚れた『両親』が地面に這いつくばっていた。


  紗里子の左胸部分に大きな穴が開いていた。ーーいや、それどころじゃない。身体が真っ二つに裂けかけていた。



  こうして紗里子は、絶命した。両の目にそれぞれ一筋の涙を流しながら。

 

 

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