第67話 ウサギになった紗里子
ほんの小一時間の間だった。
本当に、少しの時間人間界にいただけだったのに。この惨状はーー。
魔女達の血まみれの遺体の山を見て、俺は呆然とした。
皆、紗里子の命を守ろうと結束してくれた魔女達ばかりだった。
「アラディアさん……! レイ、サマンサ!! キーキ!!」
俺は必死で名を呼んだ。
「……マミ、ちゃん……マミちゃん……」
すると、シンと静まり返った中で、かすかな声が城の中に響いた。
キーキだった。
キーキだけは、かろうじて息をしていたのだ。
「逃げて……。『フルカス』達……地獄から来た悪魔がサリコの命を奪おうとしてやってきた……」
「喋るな、キーキ! クソ……エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス!!」
俺は活性化の呪文を唱えてキーキの身体の回復を図った。
しかし、キーキの体力は回復しなかった。身体のそこここを深く傷付けられて、苦しげな表情をしていた。
キーキは息も絶え絶えに言う。
「サリコは、アラディア様が『ウサギ』に変身させて逃したわ、だけどそれも長くは続かない……。しばらくしたら、人間の姿に戻るわ」
「…………」
「『マミ』、その前にサリコを見つけてあげて。フルカスはサリコのお母さん、サリエル様の命も狙ってる……」
キーキは死ぬ間際にこんな言葉を遺した。
「早く、行って……。マミ、貴方はサリコの『パパ』なんでしょう……?」
かすかに微笑みを浮かべて、力無くウインクをした。そのままキーキは動かなくなった。
もはやルビーのような赤い瞳は何物をも映さずにいた。
「クソッ!!!」
俺は広い部屋中に響き渡るように、リリィ・ロッドを立ち上げながら大声で叫んだ。
「ベールゼバリ ラキフェル アディローソエモ セロス アーメク クーロセクラ エイルプラン!!」
久しぶりに『生き返り』の呪文を唱えたのだ。
これで魔女達は生き返るはずだった。
だがーー遺体はピクリともしなかった。
俺は狼狽した。
「……おい、リリィ・ロッド!! 今のは死者を生き返らせる呪文なんじゃなかったのか!?」
しかし、リリィ・ロッドはチカチカとした目障りな光を点滅させて、答えた。
「『魔法少女』ノ呪文ガ効クノハ、人間ニ対シテダケダ。『魔女』ニハ効カナイ」
「ふざけるな!!」
俺は慟哭した。
紗里子の命を守ってくれた魔女達が。
俺達に協力して、良くしてくれた魔女達が。
紗里子と同じくらいの、まだ人間で言うと中学生くらいの幼い魔女達が。
俺達のせいで、命を落とした。女王のアラディアもだ。
ーーサマンサーー。金髪や肌は血で汚れ、白い肌はますます青白く変色していた。
「クソッ! クソッ! クソッ! クソッ!!」
俺はそこいらじゅうに当り散らした。
ーーしかし、泣いている暇は無かった。
キーキの遺した言葉ーー『ウサギ』に変身した紗里子を探しに行かなければならなかった。
『ウサギ』と言っても、魔女の世界のウサギは人間界のそれとは形が違う。狸や猫等の小動物を組み合わせたような姿をしている。
そこに気を付けなければならなかった。
「リリィ・ロッド、紗里子の元へ!!」
「魔法ヲカケラレテイル者ノ場所ハ探知デキナイ。二重ノ魔法ハカケラレナイ」
「役立たずが!! ……紗里子!!」
まだこの城の中にいるかもしれない。
どこかに隠れているかもしれない。
俺は駆けた。
駆けながら、思った。
ルシフェルは迷っていたんじゃないかと。
だから、自分より下級の悪魔が動き出すのを待っていたのだ。
どうにも陰湿なヤツだ。
俺はその時、地獄にいるであろうルシフェルの存在を呪った。
ウサギの姿をした紗里子を見つけるにはどうしたらいいんだ。まずは部屋という部屋を探さなければいけないが、外に出ている可能性もある。
外だとしても、ウサギだ。まだ遠くには行っていないだろう。
さっきまで行っていた火山か。
温泉か。
神社か。
人(魔女)の多い所には行くまい。
犠牲者が出るかもしれないからーー紗里子はそういう子だ。
走りながらふと思い出した。
『パパ、もし何かあった時の為に集合場所みたいなのを作っておいた方がいいよね』
いつだったか、紗里子が提案した。
『そうだな。まあ紗里子が魔法少女になってパパを探してくれればいいんじゃないか?』
『もう、パパ! 真面目に!! 』
プンプンする紗里子。そして、あ! と閃いたように叫んだ。
『あの場所がいいんじゃない? あの……』
『あの場所』。果たして魔女の世界にも『あの場所』はあるだろうか。
俺はリリィ・ロッドに『あの場所』を探知するよう、命じた。
紗里子がもしあの時のたわいのない約束事を覚えていたら、そこにいるはずだと思った。
必ず見つけなければいけない。
紗里子の命を身体を張って守ってくれた魔女達のためにも、だ。
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