第68話 ヘルカス〜残忍な悪魔〜
『あの場所』ーー。
それは、いつか紗里子とコーヒー・ココア会議をした公園。
そうだ。
俺達は『公園』を緊急避難場所にしていた。
魔女の世界に公園なんて物があるのかは知らなかったが、リリィ・ロッドに連れて行かれた先は並木道のある広い公園らしき所だった。
どうやら魔女の世界も考える事は変わらないらしかった。魔女達の憩いの場所なのだろう、と俺は思った。
しかも都合の良い事に人通りは無かった。
並木道は魔女の世界らしくキラキラと輝いていた。
しかし、こんなに広いとウサギとなった紗里子を見つけるのは至難の業だった。
キーキの言っていた『フルカス』という悪魔がどこで聞き耳を立てているかも分からない。
『フルカス』ーー。
「残忍な悪魔。殺した人間を奴隷にする一方、非常に博識で『地獄の老師』と呼ばれる」(引用)。
いつか悪魔に関する文献で学んだ事だ。
殺した『人間』を奴隷にするという事は、『魔女』もそうなってしまうのだろうか?
そうなる前に、フルカスを退治しなければならなかった。
ルシフェルの娘、孫娘であるアラディアやレイまでをも殺したという事は、そいつはルシフェルには忠誠を誓っていないのだろう。
ルシフェルの「悪魔が増え過ぎた」というのはそういう意味だったのか、と思い当たった。
「紗里子……! 紗里子、どこだ……」
草場の茂み、木の幹で作られたベンチの下。
俺は必死で紗里子を探した。
ーーいない。
せめて『ウサギ』になるようかけられたアラディアの魔法が解かれていたなら、リリィ・ロッドで探す事も出来るのに。
「おい、リリィ・ロッド! 何とかならないのか」
「ドウニモナラナイ」
こんなくだらないやり取りをしている暇もなく、俺はウサギらしき動物を必死で探した。
魔女の世界ではそろそろ夜更けになるらしく、人間界のそれとは違うバカでかい月が空を覆っていた。
月光が強いから、探し物をするには充分の明るさだったのが救いだった。
ーーと。
「成る程な、お前がルシフェルの加護を受けた人間か」
いきなり話しかけられて仰天したが、俺はすぐに声の主の聞こえた方を睨みつけた。
俺の後ろには……。黒いケープを被った人間に例えると30代くらいの、整った顔立ちの女が立っていた。
取り巻きの悪魔も数匹いた。
女は、美しかったが異様に釣り上がった目と口紅を塗ったような真っ赤な唇の持ち主だった。まるで昔流行ったという口裂け女だった。
コイツが『フルカス』だ。
リリィ・ロッドがそう言っている。
「お前が魔女達を殺したクソ野郎か」
俺の甲高いガールズソプラノが月夜に響く。
フルカスは愉快そうに言った。
「魔女達が死んでいくさまは見ものだったぞ。元々あいつらは戦いに向いた魔力は持っていないからな。久しぶりに聞く断末魔の声は耳に心地良かった」
「魔女達が死んでいくさま」。
サマンサやキーキ達の事を言っているんだ。
俺は怒りで頭がどうにかなりそうだった。
しかし、新たに怒りを覚えたのはフルカスがケープから取り出した……『ウサギのような動物』だった。
ヤツはウサギの長い両耳を掴んでぶら下げていた。
「紗里子?……紗里子か?……」
ウサギは、キィキィとこちらを見て、助けを求めるように足掻いていた。まるで、「パパ、パパ」と呼んでいるように。
アラディアの魔法が解けつつあるらしかった。
やがてシュワシュワと音を立てて『ウサギ』は徐々に人間の姿を取り、頭、胴体、腕、手、脚と変化していき『ウサギ』はとうとう紗里子の姿を取った。
「紗里子!! 紗里子を返せ!!」
「パパ!! サマンサが……キーキが……!!」
フルカスは我が意を得たりとばかりにクックックッとその不気味に赤い唇で笑い、紗里子をきつく抱きしめた。
「サリエル……魔女と悪魔の頭(かしら)となる存在……。私がその地位に着いてやる」
「リリィ・ロッド!! コイツを……コイツを殺せ!!」
しかし、リリィ・ロッドはムカつくくらい冷静に答えた。
「サッキモ言ッタ。魔法少女ノ『チカラ』ハ魔女ヤ悪魔ニハ通ジナイ」
それじゃあ、サマンサ達の惨殺現場に俺がいたとしても何の役にも立っていなかったという事だったのか。
「なら、ルシフェルを召喚せよ!! アイツだったら自分より下級の悪魔くらい亡き者に出来るだろ!?」
しかし俺は吠えながら肝心の事を忘れていた。
ルシフェルーーアイツは、紗里子の心臓を破って、愛したサリエルに会いたがっているという事を。
「パパ……」
フルカスの腕の中で紗里子が震えていた。
「パパ、逃げて……」
そんな事も出来るはずがないのに、紗里子は涙声で言った。
紗里子の心臓が裂けるまで、あと10分とかからなかった。
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