第70話 ヘルカスの死

 


  「紗里子!」


  「紗里子!!」


  『娘』の血に濡れた紗里子の『両親』がこちらに駆け寄ってきた。

  高田と、サリエルとやらだった。


  高田は大学4年の時分から見た目が変わっておらず若いままだった。

  サリエルは、魔女らしく肌が内側から煌めき、美少女の紗里子によく似た、思っていたよりあどけない子どもっぽい顔立ちをした小柄な魔女であった。

 

  しかし、上級魔女らしい威厳のような物もさすがに見て取れた。


  真っ二つに裂けかかった紗里子の遺体をきつく抱きしめながら、俺は2人に吠えた。


  「お前らのチカラで何とかならなかったのかよ!? せめて紗里子の身体の中から魔法をかけていてくれていたら、こんな事にはならなかったんじゃないのか!?」


  しかし、紗里子の実の両親である2人がそういった事を考えていなかった訳がなく。

  2人にもどうにもならなかったという事が高田とサリエルの悲しげに歪んだ表情から伺えた。


  「紗里子……! 紗里子……!!」


  高田とサリエルは何度も何度も、紗里子の名を呼び、紗里子の身体にすがりついた。


  そこへ、ヘルカスが割って入った。

  あの、恨んでも恨み切れないヘルカス。


  「これはこれはサリエル様、お久しぶりでございます。せっかくの娘さんとの再会を邪魔して大変な野暮のようで失礼致しますが……」


  ヘルカスは続けた。


  「私の魔法で死ね、魔女め。そして私の糧となれ」


  ヘルカスは何事かの呪文を唱え始めた。


  ーーと、そこへ。


  巨大な手のひらがヘルカスを包んだ。

  ゼウスの手だった。

  ルシフェルではなく、ゼウスの手だ。


  ゼウスは両の手でヘルカスの頭部と足を掴み、


  「ゼ、ゼウス、何を……! ギャアアアアア!!!」


  皆まで言わせる事もなく、ゼウスの手はヘルカスを仰向けに包み、そのまま万力の力で背中の骨をへし折った。

  バツン!! と、骨の砕ける音が響いた。


  雑魚キャラの命はそれだけで終わった。

  取り巻きの悪魔達は逃げようとしたが、今度はルシフェルが一匹一匹つまみ上げ、ゼウスと同じようにバツン! バツン!!と背中からへし折ってはポイっと投げ捨てていった。


  「ルシフェルよ、これは借りだ」


  ゼウスは厳かに呟いた。


  「……は、我が親愛なるゼウス様」


  ルシフェルが静かに応えた。


  しかし、俺にはルシフェルもゼウスもどうでもよかった。

  ただただ、腕の中の紗里子がーーどうしたら生き返るか、身体が元に戻るかしか頭に無かった。


  それは父親である高田も母親であるサリエルも同じだった。


  サリエルはルシフェルを見上げ、叫んだ。


  「ルシフェル様! どうか、どうか我が娘ーーサリコの身体を、命を、新たに吹き込んでくださいまし!!」


  だがルシフェルは紗里子については触れず、13年ぶりに目に映すサリエルを懐かしげに見てこう言った。


  「サリエル……。相変わらず美しい」


  「そんな事はどうでもいいんだよ!!」


  俺は叫んだ。


  「紗里子を元に戻せ!! 役立たずが!! 悪魔と神が雁首そろえて何もできないっていうのか!? 今すぐ元に戻せ!! 今すぐだ!!」


  紗里子が、紗里子が冷たく硬くなっていく。体温が、どんどん下がっていく。


  ヘルカスに殺された魔女達だってそうだ。生き返らせるくらい、神や上級悪魔なら何でもない事なんじゃないのか?


 


  「生き返らせるくらい、お前なら何でもない事なんじゃないのか? 昂明マミよ」




  ルシフェルが、まるで俺の思考を読んだかのようにおかしげに呟いた。


  「何……?」


  俺が、俺がこの状態の紗里子や、魔女達を生き返らせるだと?

  『魔法少女』のチカラは『魔女』には効かないんじゃなかったのか?

  何を言っているのか俺は理解に苦しんだ。

  だがルシフェルは続けて言った。


  「何の為に、私がお前に『虫』退治をさせていたと思う? お前にチカラを授ける為だ。『魔法少女』を超えた、悪魔や神に近い存在とさせる為に……」


  そしてーーゼウスが言った。


  「昂明マミ、お前に『神の視点』を与えた事を覚えていないのか」


  「…………」


  覚えているに決まっている。

  強烈な体験だった。

  あの時から俺はそれまで以上の魔法が使えていたような気がしていたのだった。


  「あの僅かな瞬間で、お前は神と悪魔の両方のチカラを手に入れたのだ。そしてーー『人間』のチカラも」


  相変わらず何を言っているのか分からずにいる俺に、ルシフェルとゼウスはその手を俺の頭の上にかざした。


  温かい光が、俺を包んだ。リリィ・ロッドが鮮やかに点滅し、俺に自分を高く掲げるよう望んでいた。


  『虫』退治が、一体なんだったというのか。俺はそれまであった色々な事を思い出そうとしていた。



  ゼウスの足元にはーーいつの間にか、双子の天使であるイリンとクアちゃんがちょこんと立っていた。

 

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