第37話 悪魔的な、あまりに悪魔的な
以前紗里子とココア・コーヒー会議をした公園。
枯葉が舞い散っていた。
顔面、しかも鼻の辺りを思い切り殴ってやったはずなのに、少女の顔には傷ひとつ付いていなかった。痛がる素振りも全く見せやしない。白井美砂ーールシフェルはニヤリと笑う。
ルシフェルはその美しい少女の顔で、心配そうに見つめたり興奮している俺を宥めようとしていたギャラリーに向かい、
「『蚊』ですわ、『蚊』。この子は私の顔に止まっていた蚊を振り払ってくれてましたの。冬でもまだいるんですね」
と艶やかに笑った。ギャラリーは、少女の姿をした堕天使のあまりの美しさに固まる。
我に返ったギャラリー達は、「そ、そうか、仲良くな」等と言いながら散り散りに去って行く。
それでも、このルシフェルの美しさに振り返り振り返りして見惚れていた。
まるでこの世の物ではないものを見るような目で。
まあ、少なくとも人間ではないって所は合っていたが。
「人間というのは、今みたいに助け合いながら生きているようだな、昂明護。子ども同士の喧嘩にまで注意を払うとは。私が堕天した当時からちょっとは進歩しているようだ」
ルシフェルこと白井美砂はおかしそうに笑う。もう一回殴ってやろうか。
しかし、またギャラリーに来られちゃ面倒なのでそれは必死の思いで我慢するが、俺はルシフェルの着ているセーラー服の襟を把み、詰問した。
「何だって? つまりてめえは、惚れてた女に振られたから高田とその、サリエルってのを紗里子の心臓に閉じ込めたっていうのか」
ルシフェルはまた笑みを浮かべた。
「『振られた』? 下世話な言葉だ。でもまあ、人間の言葉で言うとそういう事になるな。サリエルは私にこそ相応しい女だったのに」
「元に戻せ」
俺の声は震えていた。
ルシフェルは落ち着き払って言う。
「魔法を解く際にサリコの肉体がどうなるかは私にも判然としない。肉体ごと引き裂かれるか、その後元に戻るか」
「元に戻せるんだろ? それすら出来なくて何が最上級の悪魔だ」
「それについてなんだがな」
ルシフェルはまともに俺の目を見据えた。やはりこの世の物とは思えぬ程美しいのだろう。だが俺には不気味な顔をした、悪魔じみたーー悪魔なんだがーー異様な小娘にしか映らなかった。
「私がある計画を立てている事は知っているな。それに協力すれば私の全力を尽くして呪いを解いてやらない事もない。それでもどうなるかは分からんがな」
以前、五芒星事件の時にベール・ゼバブか紗里子の名前を連呼していたのは、13年前のルシフェルの所業を知っての事だったのだ。
「あの女ーーサリエルの顔も二度とは見たくないがな」という人間じみた未練がましいセリフもくっ付けて。
だが兎に角紗里子の命と両親については約束を取り付けた。
俺はルシフェルに再度詰問した。
「お前は、紗里子の学校にいつまで潜伏するつもりなんだ。関わった全員の記憶を取り消して学校から消えろよ」
化け物は言う。
「人間界は面白い所だからな。しばらく女学生に化けているよ。もしかしたら、お前と同じ魔法少女として一緒に活動するかもしれないな」
強い風が吹く。
枯葉が渦を描くように大きく宙を舞っていた。
「そうしたら、お前は最強の魔法少女じゃなくて2番目の魔法少女になるな」
その強風、枯葉と共にルシフェルこと白井美砂は煙のように姿を消した。
バカ野郎め、まだ話は終わっていないのに。
ヤツは、俺が『偉大なる計画』とやらの為に『虫』退治を続けるであろう事を当然の役割と考えていた。否、断る事等出来ないであろうと見事に踏んでいた。
俺はガックリと肩を落として家路についた。
「パパ! 美砂ちゃんどうだった!? また転んだり足挫いたりしてなかった!?」
帰宅後、紗里子は真っ先に『新しくできた友達』への心配をぶつけてきた。
「……別に、大した事は無かったよ。転んだりもしてない」
俺はその一言を絞り出すのに精一杯だった。まさか『娘』にあの転校生は親玉のルシフェルだったとは伝えられない。
アイツはこれからもドジっ娘転校生として紗里子に絡んでくるのだろうか、と俺は懸念した。
「紗里子、あの子とはその……あんまり仲良くするのは、ええと……控えろ」
紗里子は訳が分からないといった顔をした。
「……どうして? 美砂ちゃんはちょっとドジな所があるけど、普段は読書家で図書室にずっといるのよ。凄い勉強家なの。なんで……」
「あ、ああそうだ。読書好きだって話は彼女から聞いたぞ。美砂ちゃんの読書を邪魔しちゃいけないって事だ」
アイツ、人間界の、人間の考えている哲学みたいなのを知りたいんだな、と類推した。それと細かな歴史をば。
きっと貪るように読んで吸収していった事だろう。
「だから何よその『パパ』って。それにしても、綺麗な子だったわね! お人形さんのようと言ってもまだ足りないわ。マミ、絵のモデルにスカウトしたら?」
「真っ平だわ」
百の感嘆の声を軽くあしらい、俺は夕飯も食わず自室に籠もった。
しばらくしてから紗里子が心配して夕飯を届けにきてくれた。その日は紗里子特製のロールキャベツとこんがり焼けたフランスパンにバターを塗った物。
食欲は無かったが食べてみると俺好みの味付けで、可愛い『娘』の手料理に舌鼓を打ったのだった。
猫のルナが何も言わずこちらを見つめていたのが気になった。
「ルナ、どうした?」
問いかけると、「別に」と言って猫寝入りを決め込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます