第93話 神とは……

 


  俺は元の男の姿に戻ったまま突っ立っていた。


  「ルシフェル、これはどういう……」


  すると、俺に合わせるかのようにルシフェルも男の姿に『変身』した。

  茶色がかった金髪の、背の高い美男子。美しすぎる整った顔立ちは凄まじい程だった。


  「お前は、サリコの身を護りたいか」


  ルシフェルは当然の質問を俺にぶつけた。


  「当たり前だ。血が繋がってなくとも、紗里子は13年間育てた俺の大事な娘なんだ」


  「だったら、手っ取り早い方がいいだろう。人間界を支配し、監視する神になれ」


  それよりも、『存在』を2つ作るという意味が分からない。

  俺はその辺の所を説明するようルシフェルに問うた。

  サラサラと風に煽られる青葉が眩しい。


  「人間としてのお前とサリコの生活をもう一つ作って、お前とサリコが合体した『神』がその生活を人間としての寿命が尽きるまで見守るんだ。人間として生活するお前達が死んだら、また生まれ変わって一緒になるか神としてのお前達と合流する」


  それでも、意味が分からない。

  『神』というのは一心一体で、それが世界を支配してるんじゃないのか。『神学大全I』という本でその辺の事が書かれていた気がする。


  ルシフェルは言う。


  「お前達の場合は別だ。神と魔女と人間の加護を受けて、今や私達でも管理できない程のチカラを持ってしまった。人間の救助をしている間にな。……まあ『神』と言ってもお前達の好きにしろ。魔法少女だった頃の経験を活かして、不幸な人間をチョイチョイと救っていればいい」


  俺は一番聞きたかった事をルシフェルに問うた。


  「紗里子との『合体』というのはどういう事だ?」


  するとルシフェルはタバコを取り出し、ジッポで火を付け紫煙をくゆらさた。随分人間らしいタバコの付け方だ。俺は一本勧められたが辞退した。

 

  「本来『神』というのはカタチのない物なんだ。私やゼウス様の姿を見ただろうが、アレは幻だ。幻を具体化したものなんだ。今のこの私の姿もそれにあたる」


  ルシフェルの吐き出す紫煙は不思議に嫌な匂いはしなかった。


  「お前と、サリコの身体と精神を合体させる。空気のようにな。その間、お前達の分身である人間の姿をした一つの『家族』は今まで通り人間らしく生活を営むんだ。一石二鳥だろ? 『魔法少女』という呪縛からも逃れてな。悪い話じゃないと思うがな」


  「…………」


  「まあ、考えておいてくれ」


  そう言い残すと、美しい青年の姿を取ったルシフェルは煙のように消えてしまった。


  俺は混乱していたが、説明は何となく分かった。

  そして思った。

  紗里子の意思を聞いてみなければならない、と。



  「紗里子、夕食が終わったらアトリエに来るんだ」



  いきなり帰ってきた「紗里子のパパ」に百はまたビクビクしていたが、追い出される心配は無いという事でその辺は安心しているようだった。

  ビクビクしているのは単に男に免疫が無いせいなのかもしれない。


  サマンサは「あら?」という顔をしていたが黙っていた。優秀な『ドレイ』だ。

  その日の夕食はサマンサが本を読んで覚えたという魚介たっぷりのパエリアだった。



  「パパ、何? どうして普段の姿に戻っちゃったの?」



  ノックをしてアトリエに入ってきた紗里子は早速質問をしてきた。


  「座りなさい」という命令に素直に従った紗里子は、不思議そうに俺の顔を見つめた。


  かくかくしかじか。


  その日にあったルシフェルとの話を簡単に説明した。


  「『神』……。『パパと合体』……。『もう1組の私達家族』……」


  いくら何でも、『父親』と合体して精神を共にするなど気持ちが悪いだろう。いかに紗里子がファザコンでも、だ。

  俺は紗里子の否定の返事を待った。


  しかし紗里子の返答はキッパリしたもので、ウキウキした様子だった。


  「これでパパとずっと一緒に居られるっていうのね!! なんて素敵!! 実質的に『結婚』じゃない!!」


  紗里子の瞳は潤んでいるように見えた。

  どうしようかな、と俺は思った。

  何にしても、紗里子の意思が一番なのだから、そこに俺の口を挟む点は無かった。紗里子は、『父』たる俺を愛する天才だ。

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