第91話 アイドルの悪巧み

 


  俺の目の前に、アイドルグループのセンターを務めている子がいた。


  『ダンスや表現力の天才』と呼び声の高い、まだ中学生の子だ。紗里子とさほど年が変わらない子だった。


  「……あ、貴女魔法少女ってやつ?」


  「……はい」


  俺は頷いた。この子も『魔法少女』の存在を知っているのか。


  それにしても、この子の可愛さはなんだろう。


  俺はテレビに出ているこの瑠奈(ウチの猫と同じ名前だ)という子を見ていて、

 密かに「この程度でアイドルやれるのか。紗里子や百、サマンサの方が10倍は可愛いな」と思っていた。


  なんなら、少女になった俺の方がイケてるんじゃないかとすら思っていたのだった。


  しかし、この瑠奈というアイドルの可愛さは人間というよりドールを思わせた。まず、ライトを浴びている訳でもないのにオーラが違った。


  美少女たる紗里子と百、サマンサ(そして俺)、そしてトップアイドルのこの子。どこが違うんだろうか。

  それは目に見えぬオーラであった。


  ああ、何だこのオーラ。つるつるの肌。サラサラの髪。目力……。それ以外にも、何かがある。


  そんな彼女が、魔法少女に何の用だろうか。


  「私、この世界(芸能界の事だろう)無茶苦茶にしてやりたいと思ってさ」


  「それはまたどうして……」


  俺が聞くと、彼女はB5の紙の束をドサリとテーブルに置いた。そこには、ツイッターやら匿名掲示板やらに書かれた、アイドル瑠奈への悪口が盛りだくさんに載っていた。


  『このブスのせいでグループ内の関係が悪くなったよな』


  『どこが天才だよ。頭振り回してるだけだろ』


  『握手会でも態度悪い。やる気ないならやめろ』


  典型的な「酸っぱいブドウ」的書き込みが羅列されていたのだが……。

  こんなとんでもない美少女でもブスとか書かれるんだな。


  「瑠奈さん、これ全部自分で探し出してプリントアウトしたの?」


  「そうだよ。殆ど無い休みの日にパソコンに張り付いて」


  怖! この子怖!!

 

  いやしかし芸能人というのはこれくらい自分の評判が気になるものなのだろう。

  評判がダイレクトに金に繋がるからな。


  ふと付いていたテレビを見ると、つい最近百から聞いた『女のおしっこを飲む男性アイドル』がビールのCMに出ているところだった。


  おしっこを飲むと噂されるアイドルがビールのCMに出るだなんて、自分で気付いていて出ているのだろうか。

  呆れたプロ意識と言わざるを得ない。


  話がそれたが、俺は彼を例にして、彼女ーー瑠奈を説得する事にした。


  「見てよ、この貴女の先輩。若い女の子に嫌われまくってるのに、まだこんなCMに出てるんだよ? 悪口言われるのは貴女がファンの手に届かない存在だから。気にする事はないわ」


  「それだけじゃない。私、グループ内からも嫌われてるみたい。目立つから」


  あ、『目立つ』って自分でも意識してんのか。

  それじゃそういうのが外に漏れてるのかもしれないな。


  「だから私、今度の武道館のコンサートで、メンバー1人1人を少しでも多く舞台から突き落としてやるんだ。凄いニュースになるだろうね」


  俺は首を振って呪文を唱えた。

  まさか芸能人にまで呪文を贈る事になるとは思わなかった。

 

  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス……。親愛なる魔女サリエルよ、彼女の邪悪な思惑を消したまえ」



  俺はきちんとサインを貰ってから、魔法少女の姿を解いて瑠奈の元を去った。



  家に帰ると、ギプスの取れた紗里子と百とサマンサが歌番組を夢中で観ていた。


  「この子、なんか病んでるよね、顔付きが」


  百が指さしたのは、さっきまで俺と一緒にいたトップアイドルのあの子だった。

  俺は思わず瑠奈を庇う発言をしてしまった。


  「目立つ所にいると、色々と悪口も書かれるんでしょうね。掲示板とか、ツイッターとか」


  しかし、百は口を挟んだ。


  「ツイッターや匿名掲示板なんか一切見なきゃいいじゃない。どうせ実際に自分が何か損する訳でもないし」


  「うわー、百ったら、身も蓋もないわ!」


  紗里子がそう驚くと、


  「そう? 合理的な物の考え方をしてるだけよ」


  悩み多き居候の身であるくせして百は偉そうな風に言った。


  「貴女、ロボットみたいね」


  俺はそう突っ込んだが、人気商売のアイドルと、いかに美少女と言えどオーラの無い普通の女の子である百とは覚悟が違うんだよなとは思った。


  だけどやっぱり、オーラは無くとも俺にとっては紗里子や百、サマンサの方が可愛いと思った。この気持ちは今でも失っていない。

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