第88話 ツンデレ魔女は奴隷になりたい

 


  魔女の世界からいきなりサマンサがやってきて、俺達に土下座して謝った。

  何だかプライドの高いツンデレサマンサにしては梅雨に雨が降らないくらい珍しい事だった。


  「サ、サマンサ。久しぶり……。でもどうしてそんな事をするの?」


  右脚にギプスをしたままの紗里子が困惑して尋ねた。「人間らしく治したい」というのが紗里子本人の希望だったが、そろそろ回復魔法を使わなければなるまい。


  サマンサは言った。


  「もう随分前の事ですけど、私(わたくし)達、サリコを命にかえても守るなんて言っておきながらあっけなく死んでしまったでしょう。しかも護さんに生き返らせて頂いて……。その事を最近お母様に告白したら、すぐに謝ってきなさいって言われましたの」


  「そんな前の事、いいのに……。私達だってお世話になったし」


  「いいえ、魔女の沽券にかけても、サリコや護さんに謝らなければいけませんわ!」


  サマンサはもう一度土下座した。

  「土下座」という人間(日本)界の風習を最近覚えたらしかった。

  何だかチグハグに見えた。


  「そういう訳で、私これからはドレイとしてこの昂明家に仕えたいと思いますわ」


  「ど、奴隷!?」


  俺と紗里子は同時に叫んだ。

  この子は『奴隷』という言葉の意味を正しく理解しているのだろうか。どうも勘違いしているようだ。


  「サ、サマンサ……。人間界でいう奴隷の意味を分かって言っているのか」


  「何でも言う事を聞く存在でしょう。それくらい勉強してきましたわ!」


  サマンサは誇らしげに薄い胸を張った。この時点でもう奴隷らしくないのに。

  紗里子は言った。


  「確かに、美歌さんも忙しいとかで家政婦さんを辞められてしまったけど……。でも、そうね。サマンサのお掃除とお料理の腕は最高だし、居てくれれば心強いし……。パパ、どうする? 百もまたサマンサが来てくれて喜ぶわ」


  「そうだな……。でも奴隷っていう体(てい)はちょっと……」


  「お願い致しますわ、私をドレイにしてくださいまし!!」


  サマンサはまた土下座をした。


  「で、差し当たって何をすればいいんですの? 何でも言う事をききますわ」


  随分積極的な奴隷だ。

  うーん、俺は考えた。


  「じゃ、じゃあ、前のように掃除をしてくれないかな。また汚れ始めて困ってた所なんだ」


  「あら、そんな簡単な事でいいんですの。家を丸ごと取り替えるとか、私そういう事も出来るようになりましたのよ」


  「いや、それはやめてくれ!!」


  俺は、『奴隷』になれて張り切っているサマンサを必死で止めた。いきなり家が変化するなんて近所から何を言われるか分かったもんではない。


  サマンサは何やら先っちょに星型の付いたステッキを降って部屋の中をピカピカにしてくれた。


  「さて、お掃除は終わりましたわ。次に何をすればいいのかしら。ドレイですから何でもやりますわ」


  そんな事を急に言われても、日本には奴隷という制度がないから(社畜と言われる人間はいるが)困ってしまう。


  「うーん、じゃあ……。腹ごしらえに一緒にラーメンでも食べに行こうか? サマンサも好きだったろ?」


  ラーメンと聞いてサマンサの目が輝いた。


  「んまあ、ドレイにご飯なんか食べさせてくれるんですの!? しかもラーメン!! そしてその次はサンドウィッチとメロンパフェを食べるんですわね!!」


  駄目だ、やっぱりこの子奴隷の意味を分かってない。

  ーーと思ったら。


  「私、『円』というお金を多少は持っていますのよ。勿論偽造じゃありませんわ。サリコのお母様のサリエル様が、魔力と人間界のお金を交換できる『とらべらーずちぇっく』という制度を作りましたの」


  「へえ……」


  サリエルーー紗里子の母親はやはり有能みたいだな。『トラベラーズチェック』って多少ネーミングが古いけど。


  「ですから、ラーメンもサンドウィッチもメロンパフェも私がご馳走しますのよ。ドレイとして」


  奴隷は金を貰う立場なんだが。

  ちなみに俺は聞いてみた。


  「サマンサは、どれくらいの『円』を持っているの?」

 

  「千円ですわ」

 

  「駄目じゃん!!」


  俺と紗里子が同時に突っ込みを入れた。千円じゃ3人分のラーメンも食べられない。


  「あら、それくらい有れば充分だと思ってましたのに、なかなか難しいんですのね」


  サマンサはしょんぼりした。


  「では私は、2人がラーメンを食べ終えるまでお店の前で土下座をして待っていますわ」


  「やめてくれ」


  結局ラーメン代は俺が支払う事になったが、ビックリしたのはサマンサの箸の使い方が飛躍的に上達していた事だった。


  「人間界についての文化は、本当に沢山沢山勉強しましたのよ。勿論食事のマナーも」


  ラーメンを食べ終えたサマンサは、スープの残った丼に向かって


  「ご馳走さまでした」


  と、椅子から降りて土下座した……。


  「やめてええ!!」


  絶叫する紗里子にサマンサは不思議そうに呟いた。


  「あら、人間界では食べ物に感謝する儀式があるんじゃございませんでしたの。土下座もその一種かと思ってましたけど」


  「サマンサ、『ご馳走さま』と手を合わせるだけでいいのよ……。それと、土下座は金輪際やめて……」


  紗里子は困り果てた調子で注意した。

 

  「でも」


  サマンサは言った。


  「『食物』に感謝して『頂きます』『ご馳走さま』と挨拶するのはとっても素晴らしい文化だと思いますわ。私、人間界が……特に、サリコや護さんのいるこの島国日本が大好きになりそうですのよ」


  そう言ってまた土下座した。またもや絶叫する紗里子。

  ーー土下座は日本の悪しき習慣だな、と思った。



  家に帰ると、既に夕食を済ませてきた百がサマンサの姿を見て大喜びしていた。

  同い年くらいの友達と一緒に暮らすというのは、若い女の子にとってはやはり嬉しいものらしかった。

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