第36話 ドジっ娘転校生

 


  その日。

  紗里子が、珍しく学校の友達を家に連れてきた。

  『魔女』の友達ではなく、普通の人間の女の子だ、と紗里子は言っていた。


  「はじめまして、白井美砂(しらいみさ)です。お邪魔しております」


  その、驚く程に美しい少女はーー以前魔女の国で出会った『レイ』よりもまだ美しかったーーは、神のデザインした少女か、と思う程だったが。紗里子曰く『ドジっ娘』という事だった。


  「紅茶とお菓子があるわ」


  と、百が紗里子の部屋までそれらを持っていった際には、美砂が紅茶を盛大にこぼし、


  「熱い! 熱い熱い熱ーーい!」


  等と大騒ぎし、そのまま紗里子に抱き付いた為、2人仲良く紅茶にまみれる事となった。


  「美砂ちゃんは、1週間前に転校してきたばかりなのよ」


  と、紗里子が説明した。


  「はい。憧れていた二つ葉学園に入る事が出来て、私とっても幸せ」


  『白井美砂』はニッコリ笑った。

  空々しい。何のつもりだ。


  紗里子が手洗いに行っている間、俺と『白井美砂』は2人きりになった。


  俺は単刀直入に言った。


 




  「お前、ルシフェル、なんだろ?」






  白井美砂は無表情で、黙ったままだった。

  中世ヨーロッパの彫刻等も裸足で逃げ出す美しさだ。絵にも描けないとはこの事だ。少なくとも俺はこのルシフェルを絵に写せるだけの力は無かった。画家としては残念だがそんな事はどうでもいい。

  そして……。一言、これまた美しいよく響く声で白井美砂はやっと反応した。


  「だったら、何だ」


  「俺の身体を元に戻せ。それと紗里子の両親を戻せ。紗里子の命を奪う事なく、だ」


  『最強の魔法少女』としてコイツの加護を受けている俺には、まず少女が普通の人間じゃないって事が分かった。

  そしてリリィ・ロッド。普段リリィ・ロッドは異次元にあるが、それが恭しく膝ーー棒っきれに膝という物があればだがーーをついている。

  間違いない。人間の、少女の姿に変身したルシフェルだ。


  「今日来たのは単なる遊びだ、心配するな」


  少女はクックッと笑った。


  「遊びで紗里子の学校にまで来たのかよ。随分用意周到だな」


  俺は皮肉を言ってやった。


  「私もサリコには会いたかったからな」


  「……何? それはどういう……」



  「お待たせーー! 2人でいて会話に困らなかった?」


  紗里子が戻ってきた。俺達は一触即発、と言ってもキレそうなのは俺の方だけだったが、とにかく漂っていた氷のような空気を慌てて元に戻した。


  『白井美砂』はまたもやニッコリ笑って言った。


  「ぜーんぜん! マミちゃんって、とっても真面目な子だって分かって安心しちゃった! 私真面目な子大好きだし、そういう子としか気が合わないから……」


  悪魔のくせに何言ってやがる、何が真面目な子が好き、だ。


  「だから、紗里子ちゃんの事も大好き!!」


  ーー紗里子ちゃん大好きーー。俺はルシフェルのこの言葉を、「真面目に『虫』退治やらねえと紗里子がどうなるか分からんぞ」と言っているのだと解釈した。その時は。


  そしてルシフェルは紗里子に抱き付きながら、いかにも残念そうに言った。


  「じゃあ、私そろそろお暇するね! 用事があったの、忘れてた」


  「え、まだ来たばかりなのに……」


  紗里子ががっかりした。紅茶もまだ冷めていない時間だった。


  しかし玄関まで戻る際に、ルシフェルこと『白井美砂』はご丁寧にも階段から2、3段転げ落ちるという芸当までやってみせた。


  「だ、大丈夫!? もう、ミサちゃんたら……」


  紗里子はそれが自分に対して『ドジっ娘転校生』のイメージを植え付ける為のポーズだとも知らずに本気で心配しているようだった。


  俺は、「親として転校生の子がどんな子かよく知りたいから」という簡単な理由をでっち上げ、『美砂ちゃん』を途中まで送ってあげる事の口実とした。


  そろそろ冬の寒い空気が頰を刺す時分。

  俺は少女の皮を被ったルシフェルと2人で歩いていた。



  「紗里子に会いたかったというのは何でだ? それとリリィ・ロッドから聞いたぞ。おい、お前の考える『偉大なる計画』ってのは何だ」


  俺は山程聞きたい事の極一部を一気にまくし立てた。

  ルシフェルは黙っている。


  「聞いてんのか? それと、俺に『虫』を退治させてんのは何の意味があるんだ」


  それでもルシフェルは黙っている。


  「おい! それに、『人間界に混乱が起きる』っていうのは、どういう……」


  「『サリコ』……サリエル……私と同じ、堕天した『悪魔』……」


  「何……?」


  俺の質問には答えず、ルシフェルはうわ言のように呟いた。それにしても……。

  『サリエル』という名前は聞いた事がある。確か天使の中でも上位にある存在、と聞いたが、堕天していたのか。


  「……サリエルがどうかしたってのかよ」


  「サリエルは、女だ。お前の言う『サリコ』は、その女の娘だ」


  ルシフェルは続けて言う。


  「私はサリエルを愛していた。これはリリィ・ロッドにも言っていない事だ」


  北風の寒い一日だった。


  「だから、私はサリエルとあの人間の男をサリコの心臓に閉じ込めた」


  ……てめえ。


  俺は怒りに震えた。

  気付いた時には、少女の姿の俺が少女の姿のルシフェルの顔の真ん中を拳で思い切り殴っていた。


  「キャア!!」


  「君、何があったか知らんが女の子同士で殴るような事をしちゃいかん」


  周りにはギャラリーが集まっていた。

 

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