第64話 『魔女』と呼ばれた少女

 


  魔女の皆で紗里子を守る事で同意した所で、リリィ・ロッドが『虫』の報せを報告してきた。

  せっかく魔女の世界に来て紗里子の身の安全を確保したというのに、なんだ。


  俺は『虫』を放したルシフェルを恨んだ。

  だが、幼女天使のイリンとクアちゃんも言っていたように『虫』払いは神ゼウスも奨励していた所で、放っておく訳にはいかなかった。


  「紗里子、俺は今から少しだけ人間界に行ってくる。ここで待ってるんだ」


  「……分かった、パパ。気をつけてね……」


  不安そうにする紗里子の頭をポンポンと撫で、俺はリリィ・ロッドに命じた。


  「人間界の、『虫』を持ちたる者の元へ!!」


  サマンサは、「それですわ、その呪文の叫び方がかっこいいんですわ!!」等と久しぶりに聞く俺の呪文に興奮していた。



  付いた場所は日本の公園だった。

  大きめの公園で、噴水もあった。

  そろそろ桜も咲き始める時期だった。


  ベンチに、黒いオカッパに時代遅れのカチューシャをした、だが目が大きい女の子がうつむき加減でポツンと座っていた。


  まだまだ寒いのにミニスカートをはいていた。高校生くらいだろう、と俺は思った。


  「お姉さん、何か悩み事でもあるのか」


  俺が話しかけると、彼女はハッと上を向き、身構えた。


  「私は魔女なんかじゃない!!」


  自己紹介も無しに急にこんなセリフを言われてびっくりしない方がおかしい。


  「……何?」


  俺は思わず聞き返した。


  「アンタも、私を魔女だって言うの?」


  いや、言わないけども。

  それより、こんなゴスロリ風のけったいな格好に肌が内側から光っている少女おれを見て驚かないなんて。

  引きこもり少女の美奈子以来だった。


  俺は彼女に聞いてみる事にした。


  「お姉さん、名前は? 他の人に魔女呼ばわりされてんの?」

 

  すると彼女はホッと頬を緩めて警戒を解いたようで、ポツリポツリと話し始めた。


  「……数ヶ月前まで、人と人との言葉が通じ合わなかったでしょう? その時、食糧難に陥ったじゃない? でも私と家族は大丈夫だったの。よく覚えてないけど、いつの間にか食糧がどっさりあって、他の人と違って血色が良かったから……。あ、私の名前は実樹(みき)。牧村実樹よ」


  事情が分かってきた。

  俺はこの実樹と面識はなかったが、多分紗里子が1人でパトロールした際に食糧をこの子の家に置いてきたのだろう。


  「それで、魔女よばわり? 家族の人も周りに色々言われてるのか」


  実樹はコクンとうなづく。


  「今でもヒソヒソ言われているの。お前の家は化け物の家なんじゃないかって」


  紗里子が良かれと思ってした事がこんな状態に追い込むなんてな。


  ーーと、そこへ。


  「おい、牧村じゃねえか」


  「『魔女』だ。よく外に出られたもんだな」


  2、3人のチンピラのガキが実樹に向かってやって来た。

  実樹はブルッと身体を震わせた。不用心にも1人で外出した事を後悔しているように。


  「わ、私は魔女なんかじゃ、ありません……」


  消え入るような声で否定する実樹。


 

  「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ!」



  俺は『虫』退治の呪文を唱えた。果たして『虫』を吐き出すのはチンピラ達の方なのか、はたまた実樹の方なのか。

  微妙な所だと思った。


  答えは簡単だった。

  全員が『虫』を吐き出したのであった。

  実樹が口を開いた。


  「私、私を魔女呼ばわりしたヤツらを、殺そうとしてた……」


  チンピラの方はと言うと。なかなか口を割らない。


  「リリィ・ロッドよ。この者達の真の目的を吐き出させたまえ」


  するとチンピラの方は白目を剥きながらうわ言をつぶやいた。


  「この女……。牧村実樹を殺して、『英雄』になろうとしていた……」


  「成る程、穏やかじゃないな」


  どっちもだ。


  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス……!」


  活性化の呪文をかけると、実樹とチンピラ達はハッと意識を取り戻し、まともな精神状態になったようだった。

  それでも実樹は真実を言い張った。


  「私は魔女じゃない」


  チンピラ達は実樹と、それにどう見ても普通の少女じゃない俺を見てたじろぎ、そそくさと離れていった。


  「実樹さん。だけど人を殺そうと考えていた時点でそれは『魔女』と同じ心の構造なんだぜ」


  まあサマンサやキーキのように普通の女の子っぽいのが本物の『魔女』なんだが。


  実樹はベンチの上でへたり込み、俺の言った言葉を噛み締めていたようだった。

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