第16話 リリィ・ロッド

 


  「リリィ・ロッド……。テメエ……!」


  異世界より召喚してしまったその魔法道具から発せられる凄まじい光にあてられ、目がやられそうになった俺は、思わずそれを分厚い布団の中に押し込めた。


  それでも、布団と布団の隙間から光がしつこく漏れ出てきていた。


  「真実の存在ルシフェルの名において、我がリリィ・ロッドよ、チカラを落とせ」


  またもや俺は知らない間に魔法少女の姿になり、知らない呪文を唱えていた。

  紗里子も百もグッスリ眠っている夜の2時で良かったと思った。


  「昂明……護……イヤ、マミ……ワタシハ、オ前ノ魔力を高メルタメニ、ルシフェル様カラコトズカッテ、ツクラレタ……リリィ・ロッド……」


  喋った。

  紗里子が「魔法少女はリリィ・ロッドと会話が出来る」と言っていたのはこういう事だったんだな。


  棒が喋る。あまりの非現実的な出来事に俺はポカンとした……。

  今まで散々非現実的な事件に巻き込まれながらも。それはどちらかと言うと紗里子の『オマケ』として巻き込まれていた感があるから、俺自身にこんな事が起こるのは初めてだった為、やや怖気付くものがあった。


  「……それで? ルシフェルは何の為に俺を『最強の魔法少女』に仕立て上げようとしているんだ?」


  俺は布団の中に『居る』リリィ・ロッドに話しかけてみた。


  リリィ・ロッドは応える。


  「オマエガ……魔術ヲ使エルヨウニナッタノハ、タンナル、事故……」


  そうだ。俺は偶発的に紗里子のリリィ・ロッドに触れてしまった為にこんな姿になったんだ。

  何も『最強の魔法少女』をやらされる義理はない。


  「シカシ……」


  「しかし?」


  俺は問い詰める。


  「オマエノ、本来ノ姿デアル、『男性性』が魔法世界ノ、ルールヲヤブッタ。コレハ、ココントウザイニ無イコトダッタ」


  つまり、元の俺が男だったから魔力が強まってしまったって事?


  「ソウダ。オマエナラバ、ルシフェル様ノ考エラレル『計画』ヲ実現サセルコトガデキル」


  勝手な事言うんじゃねえ。

  俺は紗里子の本当の両親を探し出せれば、それでいいんだ。

  こんな身体ともおさらばだ。


  しかしリリィ・ロッドは続ける。


  「コノ先、人間界ニハ、オオキナ、混乱ガオキル」


  「それだってルシフェルのヤツが仕組んだ事だろうが」


  ーーと、リリィ・ロッドの光が怒りに燃えたように強まった。

  布団の外からでも分かるくらい、光が暴走している。


  「ルシフェルサマハ、オマエニ、人間界ノ、混乱ヲ、収メルタメニ魔力ヲサズケタ。イワバオマエハ、ルシフェル様ノ、ウツシミダ」


  「…………」


  「ルシフェル様ハ、オマエニ、オシミナク、魔力ヲ、オ貸シスルコトダロウ。偉大ナル『計画』ノタメニ」


  リリィ・ロッドの光が少し弱まったように見えた。


  「1つ約束してくれ」


  俺は食い下がった。


  「紗里子や、紗里子の両親の身の安全だけは確保してくれ。それなら、俺はルシフェルに協力する。いいな?」


  「約束シヨウ。ルシフェル様ハ、オマエノ『娘』ヲ、キズツケルオツモリハナイ」


  「……それなら良いんだ」


  やがてリリィ・ロッドは光を弱め、完全に異世界へと帰ってしまったようだった。

  それと同時に、俺の魔法少女のコスチュームも解かれた。


  ……人間界の混乱を治める? ルシフェルがやらかしてる事なのに。なぜその後始末を俺や紗里子のような『魔法少女』に押し付けるんだ。



  どちらにしても、人間界で混乱が起こるのは避けたい。


  「……最強の魔法少女? やってやるよ」


  真っ暗になった部屋の中で、少女の俺はガールズソプラノの声で独りごちた。




  「パパー! 朝ごはん出来たよ!! お寝坊さん!!」


  リリィ・ロッドが去ってから俺はいつの間にか眠ってしまったらしく、紗里子の目覚ましで起床した。


  「う、うーん……。あと5分……」


  「もーう、仕方ないんだから!!」


  完全に寝不足だった。


  這いずるようにリビングに向かうと、今日はベーコンエッグと、チーズを乗せたパン、温かいコーンスープ、アボカドのサラダが3人分テーブルに乗せられていた。


  「今日のアボカドのサラダは私が作ったのよ」


  居候の百が威厳に満ちた(?)表情で自慢する。

  『若い娘はアボカドと湯葉をやたら好む』というのはどこで知った言葉だったか。


  「いただきまーす……。このアボカド……」


  固くね? という言葉を飲み込む。アボカドって、もっとこう、バターみたいにまろやかだったような記憶があるが。


  「百、このアボカド固い。レンジでチンしなかったの?」


  代わりに紗里子が突っ込んでくれた。


  「あら、そう? これくらいの方が朝には丁度いいじゃない、りんごみたいで」


  百は意に介していないようだった。


  いつもの朝だ。

  何の変哲も無い、いつもの朝だ。

  俺は、少女達と迎えるこんな朝を大事に過ごしたい。

  (ああ、それと猫のルナも)


  その為には、闘わなければいけないんだな。魔法少女として。俺は再度決意した。


  それと、画家としてもだな。

  今日は紗里子が学校から帰ってきたら、久々に仕事をしよう。

  そして遠山に絵を渡さなければならない。遠山は、俺(おっさん)の正体を知る唯一の普通のヤツだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る