第28話 三毛猫同士のお見合い

 


  『人間界に留学中魔女』兼『家政婦魔女』のサマンサは溜息をついた。


  「いつもいつもお掃除をしてますけど、ちょっとこの家には問題がありますわね。おかげで何回お掃除してもカンペキにはなりませんわ」


  「どういう事?」


  俺が問う。


  「猫のルナですわ! 何回家中を綺麗にしてもすぐ毛だらけになってしまいますわ」


  それを壁の隅から聞いていたルナが悲しそうな顔をした。まるで「猫なんだから仕方ないですのにニャー」とでも言いたげな顔だ。


  「ルナの毛は気にしなくていいわよ。外出する時はコロコロを使うし」


  俺はルナを庇う。猫とは言え大切な家族だし。

  人語を操る特殊な猫で仕事の邪魔もしないし、爪研ぎもきちんと所定の場所でやるし、一緒に暮らしやすいカンペキな猫だ。


  それに、紗里子が魔法少女になる前日にやってきた猫だから何か秘密を持ってるんじゃないかと思っていた。


  そんなルナも、もう8歳になっていた。

  人間でいうと60歳という高齢であった。まあ普通の猫じゃないからもうちょっと若いのかもしれなかったが。



  そのルナが、びっくりするような事をのたまった。


  「ボクもそろそろお嫁さんが欲しいですニャー」


  ……お嫁さん? もう8歳なのに?

  しかし、紗里子と2人きりの生活(百とサマンサがいるが)を大切にするあまり、そして紗里子も同じ事を望んでいた為、嫁も貰わずにいた俺は「猫のくせに生意気な」と思ってしまったのである。


  「何言ってるんだよ。ウチはお前を置くので精一杯なんだ。もう1匹、いや仔猫もその内産まれるだろ、そんな余裕はないよ」


  俺は嫉妬まじりで断ってやった。

  しかし。


  「ルナにお嫁さん!? いいじゃない!」


  話を聞いていた紗里子が感激の声をあげた。


  「ルナも男の子だもんね。それに、猫1匹じゃ淋しいでしょう。早速ネットでお嫁さん探しをしましょうよ! ねえパパ、そうしてあげようよ!!」


  紗里子はルンルン気分だ。


  男の子、か。そう言えばルナは世にも珍しい三毛猫のオスだ。

  結婚したからといって同じように三毛オスが産まれるとは限らないだろう。しかしルナは普通じゃないから三毛オスが産まれたとして欲しがる人はそれはもう沢山いるだろう。

  これも世のため人のため、か。


  紗里子は早速、スマホを駆使して『お嫁さん候補』を見つけてきた。

 

  「パパ、見て。この子なんてどう?」


  その写真の猫は、ルナと同じ三毛猫のメス。長毛種の猫だった。

  長毛種……。

  ますます掃除が大変になるだろう。サマンサのツンと怒った顔が目に浮かんだ。


  しかしそのメス猫は大層な美猫だった。

  目尻がキュッと上がり、手触りの良さそうな、柔らかそうな毛の持ち主であった。

  名前はダイアナというそうだ。


  「おい、どうだルナ。この子と子どもをつくったら立派な三毛猫が産まれるだろうよ」


  ルナはダイアナちゃんの写真をまじまじと見つめ、


  「……綺麗……ですニャー……。」


  と、一目惚れのようだった。


  「ボクはこの子をお嫁さんにしたいですニャー。いつ会えるんですか?」


  「この子の飼い主さんと相談して、1週間後で話が決まったわ。でもねルナ、人間の言葉は喋っちゃ駄目よ。くれぐれも気を付けるようにね!」


  紗里子が念を押す。

  若いお嫁さんを貰えると聞いて、そのメス猫と会うまでの1週間はルナも緊張状態にあった。


  やたら毛づくろいをしたり、小まめに爪研ぎをしたり、鏡の前でカッコよく見える表情を作ったり。


  「ボクのお嫁さん、ボクのお嫁さん……。ダイアナちゃん……ニャオウン」


  と呟き、ベッドの上をゴロゴロした。

  そんな時はサマンサに怒られ、


  「ほら、そうやってゴロゴロするとますます毛が飛び散ってしまいますわ!」


  と言われるものでルナはショボンとしていた。ちょっと可哀想で、可愛かった。



  ーーそして待ちに待った1週間後。


  約束をしていた小山田さんという女の人が、ダイアナをケースに入れてやってきた。

  写真よりもなお一層綺麗な猫だ。


  「この子、ダイアナは人見知りで猫見知りなんですよ。ルナちゃんと上手く仲良くなってくれるといいけど……」


  と心配している。

  そういえば、室内飼いのルナが他の普通の猫と『会話』をしているシーンを見た事が無い。

  ルナは猫語を喋れるのだろうか、という懸念があった。


  人間同士の挨拶も早々に、後はお若い?

  2匹でという事で、俺達人間は猫を2匹きりにしてあげた。


  ……と思ったら。


  「リリィ・ロッド!!」


  おいおい、またまた『虫』のお出ましだ。


  俺と紗里子は魔法少女に変身する。口をパクパクさせる小山田さん。

  だが人間である小山田さんからは瘴気を感じない。


  『相手』は……猫だ。


  猫達のいる部屋の中に入ってみると、ダイアナの口元から例の『虫』が姿を見せていた。


  「ご主人! ここはボクに任せてくださいニャー!!」


  任せる?

  お前(猫)も魔法を使えるとでも言うのか。


  ーーと、ルナは、ダイアナの口元から激しくキスをするように『虫』に噛みつき、そのまま引きづり出した。


  ……おい、そんな退治方法でいいのかよ。


  「ニャー!! ニャニャニャニャニャン、ニャオーン!!」


  ルナは猫語で何事かを激しく喋った。

  魔法少女となった俺と紗里子にはその猫語の意味が分かっていた。


  「ダイアナちゃん、大丈夫!? ああ、ダイアナちゃん!!」


  そう言っているのだ。

 

  「紗里子、回復魔法を!」


  猫のように小さい動物には、紗里子の俺より弱い魔法の方が良いだろうという判断だ。

  本来なら人間に与える呪文だが、猫にも効くだろうと思った。


  「分かったわ、パパ!! エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス!」


  ダイアナは、「ケエ、ケエ」とえづきながらも回復し、


  「ニャ? ニャニャニャン?」


  と鳴いた。人語で言うと、「え? 私どうしてたの?」と言っていた。


  そしてダイアナは自身の『悩み』について話し出した。


  「……私、家を離れてお婿さんの所に行くのがイヤだったの。でもルナさん、優しくしてくれてありがとう……」


  ダイアナはルナに向かってそう言い、「ごめんなさい。私まだ結婚したくないの。結婚が決まった日からイヤで仕方なかったの」と丁寧に説明した。


  「そ、そうなんですか……ニャー……」


  ルナは両頬のヒゲを下方に垂らした。


  可哀想に結局ルナはフラれてしまった訳だが、その後も大して気にしないような素振りを見せた。


  でも、どんなに強気に振る舞ったってフラれる悲しさは分かるぜ。

  ルナはその後2週間は「ダイアナちゃん、ダイアナちゃん」と寝言を言っていた。


  もっと良いお嫁さんを探してあげるからな。いつか、多分。俺は心の中で思った。

  そして、サマンサのルナに対する扱いも心なしか温かいものに変わっていったような気がした。

 

  それを指摘すると、サマンサは「べ、別に、特に変わっていないですわ!」と、言っていたが……。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る