第29話 さよなら? サマンサ

 


  サマンサの留学期間が終わった。


  魔女の世界はもっとその辺の縛りが緩やかだと思ってたんだが、期間なんてあったとは意外であった。


  「期間、と言うより、お母様の言い付けですの」


  と、サマンサは言った。「本当は私、まだ何も人間界の事を勉強し切れていないのだけど」と付け加えて。

  その顔はとても淋しそうに見えた。いつも強気なサマンサではなかった。


  「え! サマンサ、イギリスに帰っちゃうの!?」


  と、百もびっくりしていた。


  「でも、日本語も上手くなったしーーと言うより、最初から完璧過ぎる程完璧だったけどーーまたいらっしゃいよ。必ずね」


  いらっしゃいも何もここはお前の家じゃないだろう。

  それと、日本語が上手かったのは言語魔法によるものだし、人間の姿にもなっていたからだ。


  しょんぼりしているのは紗里子だった。

  いくら魔女の世界には一瞬で転移出来るとはいえ、友達と24時間ずっと一緒に暮らせるのはとても楽しい事だったらしい。


  「サマンサ、またちょくちょく会おうね。こっちにも来てね」


  「サリコ、ありがとう。貴女もね」


  そう言って2人は両の頰と頰をくっ付けあった。欧米でいう『キス』というやつだった。


  「マミと百も、ありがとう。特にマミ、素敵なお洋服を買ってくれてありがとう。大切に着るわ」


  「リリィ・ロッド!!」


  俺は魔法少女に変身していた。またか。

  せめて別れの挨拶くらいゆっくりしたいものだった。

  例によって百が目ん玉をひん剥いている。


  「まあ、それがマミの魔法少女姿ね!」


  と、サマンサは感激していた。

  サマンサがいる間の2週間弱、不可思議な事に俺達はリリィ・ロッドを1度も召喚していなかったのである。


  誰かが、助けを呼んでいる。

  また『虫』かもしれない。

  しかし、サマンサは言った。


  「私も付いて行かせてちょうだい? サリコやマミが魔法少女になってどんなふうに活躍するのか見てみたかったんですの」


  物見遊山も結構だが……。まあサマンサも自分の身を守るチカラくらいはあるだろうし、別にいいかと思った。


  リリィ・ロッドを振った俺と紗里子に腰を抱かれ、サマンサも一緒に事件現場へとテレポートした。


 

  着いた先にいたのは、包丁を振り回して泣き喚いている中年の男と、それに怯えるまだ若い女の人だった。どうやらレストランらしい。客は1人もいなかった。


  「菊観(きくみ)、てめえ俺の大事な大事な大事な大事な皿を割りやがってえ!!

  どうしてくれるんだよ、ああ!?」


  「店長……。ごめんなさい、ごめんなさい……!! わざとじゃないんです……!!」


  きくみと呼ばれたその女の人は『店長』のあまりの剣幕に身動きも取れず、ただ泣いて謝るのが精一杯という様子だった。


  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス、リリィ・ロッドよ、このお皿を元に戻して!!」


  紗里子が回復の呪文を唱える。カシャンカシャンと音を立てて、割れていた皿の欠けらがパズルのピースの如くくっ付いていく。


  「まあ、そうやって人を助けていくんですのね」


  と、サマンサが感心していた。

  ところが。


  「俺の、俺の大事な皿をよくもよくもよくもよくも!!」


  その中年男は皿が戻ったにも関わらず相変わらず泣きながら包丁を振り回し、ついに女の人に襲いかかっていった。


  「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ」


  俺は『虫』を吐き出させる為の呪文を唱えた。


  げえ、と音を立てて『虫』をダラリと出す親父。


  ーーそれなのに。

  包丁こそ手から落としたものの、中年男はいつまで経っても泣き止まなかった。


  「……そんなに大事なお皿だったんですか。話を聞かせて貰えませんか? ほら、お皿の方は元に戻ってますよ」


  俺は中年男を慰めた。

  男は言う。


  「……死んだ、死んだ娘がプレゼントしてくれた皿だったんだ……。だから他の皿とは別にしていたのに、この女が……」


  「店長、ごめんなさい、ごめんなさい!! 私知らなくて……」


  きくみさんもまだ泣いている。

  でも何か変だ。

  きくみさんは、本当にこの皿が亡くなった娘さんのプレゼントとは知らなかったのだろうか?


  「リリィ・ロッドよ、『きくみ』の本心を問いただせ」


  俺はリリィ・ロッドに命令した。ーーと、きくみさんは泣きながら語る。


  「わ、私……。店長の事、好きだったんです。それなのに、店長は死別された奥様や娘さんの事ばかり考えていて……。とっても、とっても苦しかった、私……!」


  「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ!」


  俺はリリィ・ロッドを振り、きくみさんの身体にも魔法のキラキラを振りかけた。

  さっきは親父の方にしかキラキラをかけていなかったのだった。

  すると、案の定彼女の中にも『虫』がいたらしく、きくみさんの口からデロリとそれが這い出てきた。

 

  「お、俺の事を……何だって?」


  中年男はビックリしてきくみさんの方に向き直る。


  「す、好き、なんです……」


  「…… エコエコヒプロス エコエコノーテンス エコエコアウトルス エコエコノストサトラ」


  俺の口から、初めての呪文が登場した。

  初めての呪文。でも、俺には分かっていた。


  この呪文は、2人の『魔法少女』と1人の『魔女』がいた時間を記憶させたままにする呪文だ。


  こうすれば、きくみさんの『告白』も記憶から消されたりしない。


  そしてその呪文はもしかしたら、紗里子が魔法少女になりたての頃、俺にかけた呪文だったのかもしれなかった。


  「さあさあ。おじ様に、お姉さん。2人で明るい未来をこれから築くとよろしいですわ」


  サマンサが祝福の魔法をかけた。

  俺達は、その場を後にする事にした。


 

  「じゃあこれで本当にお別れですわね……」


  「お別れなんかじゃないわ、サマンサ。いつだってまた会えるじゃない」


  2人はハグをしている。

  サマンサが俺の方に歩み寄る。

  そして、さっき紗里子と交わしたようなキスを俺にもしてくれた。

  「ほんのお礼、淑女としてのマナーですわ」なんて、顔を紅く染めながら。


  紗里子は、俺とサマンサのその様子を見て焼いていながらも「仕方ない」といった表情をしていた。



  「でもパパ、どうしてあの呪文を唱えたの?」


  「あの2人の愛情を邪魔しないためさ。……夫婦喧嘩の度に包丁を振り回すような親父じゃなければいいがな」


  「やっぱり凄いのね、パパ!」


  紗里子は嬉しげに飛び跳ねた。

  だけどその目には友達と別れたばかりの淋しさを湛えていた。


  「また会いに行けばいいさ。サマンサもいつでも来るといい」


  俺は紗里子を慰めた。

 

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