第30話 幼女あいら

 


  ……ところが。

  サマンサはすぐに戻ってきた。紗里子と百は大喜びだった。オス猫のルナは尻尾をパタリパタリと床に打ち付けてニャーと言った。

  きっとルナなりに歓迎の意を示しているのだろう。


  おかげで家の中が、サマンサの掃除魔法のおかげでまたもや綺麗になったのは助かったが。

  一体何の為に戻ってきたのか。


  「お母様に言って、まだまだ人間界の勉強をしたいっておねだりしましたの」

 

  おい、あの涙の別れはなんだったんだ。


  「それに……」


  サマンサは続ける。何かモジモジしている様子だった。


  「マミの、お見事な呪文使いをずっと見ていたいわ。『魔女』と『魔法少女』の違いについても観察したいですし」


  ……そんな事言われても。


  「あら、『魔女』と『魔法少女』の差なんてあんまり無いんじゃないかしら」


  俺がうっかり口を滑らすと、サマンサ嬢はキラリと目を光らせた。


  「マミ、私は知ってますのよ。いいえ、魔女の世界でも話題で持ちきりですわ。貴女が、ルシフェル様から加護を受けた『最強の魔法少女』だって事を。いいえ、隠したってダメですわ、レイから聞いたもの!」


  あのレイという魔女の世界のお姫様は結構口が軽いらしい。そういう事って極秘機密なんじゃないのか。


  「……まあ、いいわ。でもねサマンサ、人間界は魔女の世界みたいに誰もが満たされてる所ではないのよ? 見てショックを受ける可能性もあるだろうけど、それでもいいの?」


  「あら、人間界の恐ろしさについては本で読んだわ」


  と、身ぶるいするサマンサ。

 

  「何ですか、人間が人間を残酷なやり方で殺すんですって? だけど、この前のおじ様とお姉さんみたいに裏側に愛が流れているケースもあるんでしょう?」


  「愛なんて全く無い殺しの方が多いわ」


  俺は肩をすくめた。中学生らしからぬ様子に見えたはずだ。


  「まあ、見てれば分かる……ダーーッ!! もう!! リリィ・ロッド!!」


  誰かが助けを求めているらしく、またもや俺は強制的に魔法少女の姿にさせられた。「あら、いつ見てもファンタスティックな事もなくはないですわね」と口とは裏腹にキラキラとした俺の変身シーンに見惚れるサマンサ。


  その時間、紗里子は学校で重要な試験を受けていて、百は買い物に出かけていた。


  図らずも、サマンサと2人っきりのパトロールとなった。


  リリィ・ロッドに命令してテレポートした先にいたのは……、ガリガリに痩せた、女の子らしき、子ども。4、5歳くらいの子だろうか。顔や手足には酷い傷を負っていた。


  部屋の中は荒れに荒れ、カップ麺の残骸やらコンビニおむすびのビニール等が散乱していて、すえた臭いを放っていた。

  ずっと1人きりでいたのだろうか、洗濯物は毎日干されっ放しのままといった様子だった。


  サマンサはそんな部屋に慣れていないのか(俺だって慣れていないが)、ゴホンゴホンと咳をし、やっとの事でその子どもに話しかけた。


  「お嬢ちゃん、どうしたのかしら? お母様は? 」


  『お嬢ちゃん』とサマンサが呼んだ子どもは、ブンブンと首を強く横に振った。

  魔女のサマンサには想像も付かない事態だろうが、これは多分児童虐待ってヤツだ。

  その子の服を脱がせ、お腹の辺りを見てみると、案の定青アザでいっぱいだった。


  見た所ご飯も食べさせられてないらしい。


  この子の親は、いずれこの子を保険金にでもかけて殺す気だな、とピンときた。数ヶ月の間魔法少女をやってきた俺の勘だった。実に卑劣な犯行である。

  児童相談所の職員を無理矢理連れてきて何とかする魔法でもかけてやろうと思った。


  とにかく、まずはこの子の傷を手当てしてやらなければならない。


  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス……」


  まず、俺は回復の呪文をかけた。


  「そうそれ、その呪文、カッコよくない事もないですわ! それじゃあ私も、負けずにご馳走をテーブルに並べる魔法をかけましょうかしら」


  えいっ、とサマンサが例の先っちょに星の付いたステッキで指揮をとるように腕や指先を振り回すと、ぐしゃぐしゃだったテーブルが整理され、代わりにグラタンやらハンバーグやら果物やらのご馳走が出現した。


  「わあ」と目を見張る子ども。傷は綺麗さっぱりなくなっていて、元々のこの子がとても可愛らしい顔をしていた事が伺えた。


  「お腹いっぱい、食べていいんですのよ」


  「本当!? わたしハンバーグって食べてみたかったの!!」


  と言って、夢中でご馳走を食べ始める子ども。名前は、と聞くと、「あいら」と答えた。


  「あいらちゃんは、お母さんと2人きりなのかな?」


  俺は問う。

  あいらは首を振って、「知らない男の人もたまに来るよ。その人がわたしの事嫌いなんだって」


  ああ、これはきっと事件が起きる一歩手前だったな、と間に合った事に安心した。

  あいらを引き取る事は出来ないが、児童を預ける施設には入所させる事ができるだろう。魔法で。無理矢理。


  ーーその時。

  あいらがご馳走を平らげてしまいそうになった時、玄関のドアがガチャリと開いた。


  ドスッ、ドスッと廊下を歩く音が聞こえてきた。

  ビクリ、と身体を強張らせ、フォーク付きスプーンをテーブルに置くあいら。


  「……何やってんのよ、アンタ達。ウチの子に何勝手に食べさせてんの。っていうか不法侵入じゃん」


  あいらの母親だった。

  その後ろには、あいらの言った『知らない男の人』もいて、クソくだらねえ、という表情を浮かべていた。


  サマンサの掃除魔法でサッパリした部屋の中を見て一瞬怖気付いたようではあったが。


 

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