第14話 七子ふたたび

 


  陸野百に連れられてやって来たのは原宿の某所。

 

  原宿なんて、おっさんの俺には到底縁が無い所だったが。いわゆる『カワイイ』物が好きな女の子達で溢れ返っておりなかなか活気があって良い。


  その『猫のシュークリーム』の店内は確かにインテリアが『カワイ』く、客も若い女の子や彼女に連れられて来たらしい男の子で占められていた。


  「素敵……」


  魔女のいる異世界とはまた違った感じの魅力に、紗里子は目を輝かせている。


  「ね? 来て良かったでしょ?」


  百は自慢げに胸を張った。


  その店の名物メニューであり目当てでもあった『猫ちゃんのシュークリーム』を3人分注文。

  俺はアイスコーヒー、紗里子はミルクティー、百はレモンスカッシュを頼んだ。


  「私、貴女達2人には私の預かり知れない秘密があるように思うのよね」


  百は腕を組み、並んで座っている俺と紗里子を眺めた。

  ギクンとする俺と、すました顔の紗里子。


  「でもいいわ、何があろうが、貴女達は私の友達だもの」


  『友達』という言葉に違和感を覚えながらもこれが中学生女子のノリか、と感心しながらアイスコーヒーを啜る。紗里子は黙っていた。


  「お待たせしました。『猫ちゃんのシュークリーム』です」


  「来た、来た! 北の大地!! 早速戴く……前に、写真を撮りましょう!!」


  そう言って百はスマホを取り出し、俺達3人とシュークリームが入るよう自撮りをした。

  シュークリームは、成る程猫の形をしている。


  「どれどれ、うん、上手く撮れたわ。紗里子、貴女は写真を撮らなくていいの?」


  「私、カメラ持ってない」


  紗里子が平気さを装ったような顔で言う。

  俺は紗里子に携帯もスマホも持たせていなかった。

  紗里子を信じていなかった訳じゃないが、携帯もスマホも買ってあげる事によって13歳の紗里子に悪い影響を与える事を懸念しての事だった。


  しかし、ちょっと寂しそうというか、百のスマホを羨ましげに見ている紗里子がちょっと可哀想になった。

  そろそろ携帯電話くらい持たせてやってもいい年頃かな。

  最近じゃ小学生だって携帯を持っているだろうし。


  「それじゃあ……。いただきまーす!」


  百が音頭をとる。


  「紗里子、半分こして食べよー!」


  「どちらも同じメニューじゃない」


  百が紗里子を、からかっているのかじゃれているのか定かではないが。

  こういう事に慣れていなかったであろう紗里子も何だか満更ではなさそうな顔をしていた。


  俺はそれを横目に、黙ってシュークリームにナイフを入れた。甘い物は正直苦手だ。

 


  ーーって、え!?


  『猫ちゃんのシュークリーム』の中に……。


  例の『虫』が入り込んでいた。

 

  レイから『最強魔法少女』のチカラを授けられた俺にはリリィ・ロッド無しでも見えているが、百は勿論の事、魔法少女に変身していない紗里子ですらその『虫』が見えていない様子だった。


  しかしそこは優秀なカンを持つ紗里子。何かの異変には気付いたようだった。


  「紗里子、百、このシュークリームを食べるな」


  思わず男言葉で2人のフォークを止めると、紗里子は大人しく従い、百は不思議そうにキョトンとしていた。


  「紗里子、変身しよう」


  「うん、パパ!」


  異世界からリリィ・ロッドを召喚した紗里子と俺は、魔法少女となる。

  以前の記憶を失くしている百は、大きな目をますます大きく見開いた。


  「貴女達、何の格好をしているの!?」


  「説明は後だ。まあまたすぐに記憶が削られるが」


  店内は、シュークリームと一緒に『虫』を口に入れてしまったらしい客達が大勢居るはずだった。


  「カモロルアリ アドセナノルム マクチロル タモン!」


  例によって俺が呪文を唱えると、


  「カハッ、カハッ!!」


  「うええ、ぐええ」


  客達は苦しみだし、店員達は驚いて右往左往していた。

  多少苦しんでもこのまま『虫』に意思を乗っ取られるよりはマシだ。

  『虫』に支配された脳は、今までの経験上必ず他人に悪意や欲望を向けるから。


  「紗里子、回復の呪文を」


  「分かったわパパ!! エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス!」


  客達は一斉に『虫』を吐き出し、そのままグッタリと椅子に身体を預けた。被害者は若い女の子ばかりだったから体力が無く、回復魔法にも限界があるようだった。


  仕方なく、紗里子に代わって俺が回復魔法の呪文を唱える。


  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス……!!」


  これは女の子達にも効いたようで、目を開けて状況確認、自分達が今どうなっているのかを知ろうと皆キョロキョロと目を動かすくらいの元気は出たようだった。


  「同じ呪文なのに、パパが唱えるとチカラが強くなるのね……。凄い、パパ」


  「何よそれ、『パパ』って何の事!?」


  あらましの全てを見た百が絶叫した。

  喋る猫には驚かなかった百だが魔法少女姿には驚くのが不思議だ。

  店内の様子を観察して大丈夫そうだと判断した俺達は、百を連れて外に出ようとした。


  ーーと、そこへーー


  「あ、あのう、貴女達、マミさんと紗里子さん、ですか?」


  店の制服を着たメガネの少女が俺達に話しかけてきた。


  なんと、その少女はーー。


  ……あの変態性欲娘、川本七子であった。

  まさかこの店でバイトをしていたとは。

  よく面接受かったな。


  「女の子達が急に発情し出したから、びっくりしたんですー!」


  相変わらず性欲の事にしか考えが及ばないんだな……。

  それよりも俺達の格好とか肌の光とか、もっとツッコミ所があるだろうに。


  まあ、原宿という事でゴスロリパーティーでもしていると捉えたのだろう。


  それにしてもルシフェルのヤツは何のつもりなんだ。

  わざわざ俺達の行く店と時間を指定して『虫』を解き放つなんて。テロと一緒じゃないか。

  一体ルシフェルには何の思惑があるんだ? 分かりやすく俺達のシュークリームにまで混ぜ込みやがって。


  「私、貴女達に相談したい事があるんです」


  魔法少女の変身を解いた俺達に、七子は言う。


  「最近、私の身の周りで変な事ばかり起こるんです」


  そりゃ、変な人間の周りでは変な事しか起こらんだろう。

  何しろ変なんだからな。

  でも一応聞いてみた。


  「……変な事って、何?」


  「クラスメート達が、急にリストカットを始め出して。命に別状は無いんですけど、あまりにも多いから……。よく分からないけど、貴女達なら何とかしてくれそうな気がして……。あっごめんなさい、ご都合も聞かずに図々しいですよね!!……」



  ーーまた面倒くさい事に巻き込まれそうな匂いがプンプンする。


 

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