第75話 ドライブに
紗里子と百と、それにルナを連れて、車でお台場まで行って来た。
車を運転するのは久しぶりで、随分緊張してしまった。よくぞ警察に捕まらなかったものだった。
しかし首都高をおりてからはまずまず快適なドライブであった。
「海が綺麗ねー!!」
ルナを懐に隠して某テレビ局のまん丸い大玉の中を見物し、サザ◯さんのコーナーをオタク兼いっぱしの画家として興味深く鑑賞してから、海の見えるショッピングモールのテラス席で食事をば。
そのステーキハウスは混んでいたので、テラス席に座れたのは奇跡に近かった……と、言うより、ルナが魔法で何とかしたのだろう。
テラス席は犬の来店がOKなのだから、猫(の、姿の悪魔)だってOKだろう、と交渉するまでもなく。ルナが店員や他の客に魔法をかけて忍び込んだのであった。
全く、先程まで大人しくしていたのに飯の事になると意地汚い。
「紗里子ちゃんのお父様。こんなお店に私まで連れて来て頂いて、ありがとうございます」
百が改まって感謝の言葉を述べる。
俺は簡素な返事をした。
「いや、別に大丈夫だよ」
重ねて言う。
「紗里子に絵で稼がせて貰ってるからね……」
すると、百は恥ずかしそうに申し出をした。
「紗里子ちゃんのお父様、良かったら私も絵のモデルにして頂けませんか。私も何かの……」
「ぜーーーったい、駄目!!!!!」
サラダバーから戻ってきた紗里子が叫んだ。手の上の皿にはカボチャサラダやプチトマト等が食べ盛りの中学生らしくてんこ盛りに乗せられていた。おい、紗里子。デブるぞ。野菜とは言え。
「パパはね、『紗里子シリーズ』って言って、私しか描かないの! 百、貴女だって私の絵を買ったでしょう?」
そう言えば、先だって百の部屋に入った時に『紗里子の世界』が壁に飾られていたな、と思い出す。
大切そうに飾られていた。
「……でも、何もしないで居候してるのは悪いわ。せめてお仕事のお手伝いをしたくて」
紗里子は憤然として言った。
「いつも通り、お掃除してくれたり食事をたまに作ってくれたりで充分よ」
「そんなの……」
百は諦めなかった。
「絵の上手いマミにも描いてもらった事があるけど、本格的な画家の方に描いて頂くチャンスも無いし」
「ほら! やっぱり自分の為じゃない!!」
紗里子はドスンと音を立てて着席した。
「自分、自分、自分!! 自分ばっかりなのよ、百は!! ヒステリーを起こしている訳じゃないわ、本当の事を言っているだけ!!」
そこへ、ステーキが運ばれてきた。中学生少女の激おこっぷりに、店員のお兄さんが怖気付いていた。
「はい、この話はこれでおしまい!! 食べましょ、さ、百、貴女も食べなさいよ!!」
「……うん……」
せっかくの食事の時間が変なムードになってしまった。
こんな時、『マミ』ならどうするかな、とふと考えた。
「まあまあ、紗里子も百ちゃんも元気を出して。仲直りして。このステーキ値段の割には、美味いな」
「うん、美味しい!! ね、百、ルナ!!」
「そうね。カニのサラダも美味しい」
「僕はやっぱり肉が好きですニャー」
そろそろ夕暮れの時間で、海の向こう側がライトアップされてきた。
その光景に、紗里子と百が物珍しそうにしていた。
百は、紗里子がどんなに俺に執着しているかを知らなかった。気付いてもいない様子だった。
そんな無頓着な百が、俺には可愛らしく感じられた。でもーー。
「でも、紗里子。俺にとってはお前が一番大事なんだよ。特別なんだよ。だって『娘』だものな」
俺は心の中で呟いた。
ますます暗くなっていく空の下でライトが鮮やかに点滅していた。
「百、漫画の方はどう? 進んでる?」
ステーキハウスを出て、デッキで海と夜景を観察しながら紗里子が百に問うた。
「ぼちぼちといった所ね。完成したら、紗里子とお父様に真っ先にお見せしますわ」
百が淑やかに言った。『マミ』だった頃の俺への傍若無人な態度とは大違いであった。
大人の男ってのはいいもんだ。俺はますますやっと戻れた自分の身体に愛着を持った。ーーでもーー。モテ過ぎるのもよくないかな、と思った。いや、相手は中学生なんだが。
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